零の旋律 | ナノ

銀色の軍人(続:始末屋他国)


「俺一人では厳しいものがあるんだ。大抵の敵なら俺だって戦えるし、負けない自信は充分にある。けど――あの女だけは別だ」
重々しくローダンセは伝える。ローダンセは自分の力を過信しない。だからこそ、王国が抱えている騎士団最強の女将軍の事を危惧する。
「あの女?」
興味を持ったアークが問う。
「アルベルズ王国宮廷騎士団師団長ジギタリス将軍さ」
「ジギタリス?」
「あぁ。あの女の実力は異様だ」
「ふーん、あの名前と同じとは」
「名前が同じも何も、同一人物よ」
カルミアの言葉に、アークは表情が興味深そうに一変する。
「生きていたのか。成程、そりゃあお前じゃ勝てないな」
「ジギタリスを知っているのか?」
「あぁ。元々リヴェルア王国の人間だ。何故アルベルズに?」
アークは眉を顰め、思案する。
「それは、あそこに居辛いからでしょ」
アークの疑問を簡潔にカルミアが答える。
「居辛い? あぁ、成程そういうことか」
すぐさまアークはカルミアが云わんとしていることを理解する。
「まて、話が全く見えない」
「見ていなくとも問題はないさ。リヴェルア時代の話だ。――あの狙撃主が相手か」
狙撃主――その名の通りジギタリスは狙撃を得意としていた。狙撃に限定すれば、その腕前はアーク・レインドフを凌ぐ。
「あぁ。あの女は異様に強い。この王国、騎士団最強だ。俺では到底勝てない相手だ……それにあいつだけじゃない」
「ん?」
「あいつの部下にカイラっていう狂人がいるんだけれど。そいつも結構強いんだ……そりゃ、ジギタリスには及ばないけど」
ローダンセの力で圧政に対抗出来、反旗を翻す事が出来るのなら、当の昔にしていた。
しかし、それが出来ないだけの理由があった。宮廷騎士団に所属するジギタリスとカイラの存在が障害だった。王宮に攻め入った所で、返り討ちにあうのがオチ。。
「カイラって方は知らないな」
アークはカイラの名前に聞き覚えがなかった。
ジギタリスとは違いアルベルズ王国出身のものか、それともローダンセが云うほど強くない相手なのか、どちらにせよ、それ以上の興味をアークは抱かない。もとよりもう依頼も強制的に破棄された。
これ以上アルベルズ王国に長いする必要はない。怱々に帰宅して新たな依頼をこなすだけ。
「そうか、な――」
「主―!!」
ローダンセが言葉を続けようとするのを遮って、酒場の扉が勢いよく開かれる。鈴の音が何度も鳴る。それと一緒に明るい声が響く。どたばたと足音を鳴らしながら階段を下り、主――アークを発見するとその目は獲物に狙いを定めたように鋭く、そして口元はニヤリと微笑む。
「見つけましたよー主ぃ。もう、私探しまわったのですから」
「リアトリス――どうして此処に?」
本来なら屋敷にいるはずの――レインドフ家に雇われているメイド、リアトリスがいた。
「どうしてってヒースに頼まれたからですよ。異国で主が倒れたら面倒な事になるだろうから、倒れる前に主を見つけてきて下さいってー」
経緯を簡単に説明する。
「でも酷いですよねーそれ本来はヒースの仕事なのに、ヒースったらアルベルズ王国にきたくなくて私に代わりを寄こさせたんですよ。お蔭でカトレアと長くいる時間が減っちゃったじゃないですかー」
コロコロ変わる表情に、ローダンセは呆気にとられる。
「ん? そちらさまは主のお友達ですかー?」
ローダンセとカルミアの存在にようやっと気がついたのか、一瞬だけ眉を顰めてリアトリスは質問する。
「いや、お友達じゃない。片方はカルミア。もう片方は俺の標的だったんだが」

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