零の旋律 | ナノ

氷の魔術師


 ヴィオラとリアトリス、ホクシアは統制の街内部を走る。
 敵は騎士団だけではない。統制の街内部からも熾烈なる猛攻が襲い掛かる。飛来する魔術が地面に穴をあける。華麗に三人は交わす。着地した先を狙って魔術が襲ってくるが、ヴィオラが氷で凍結させる。氷柱が周囲に聳え立つ。灼熱の業火が氷柱を溶かし、地面に水を生み出す。ヴィオラは水を巧みに操り、薔薇の棘を彷彿させる造詣へ水を変化させ、鞭のように撓らせる。

「全く持ってしつこいですー! 私たちに喧嘩をうってきたことを後悔させてあげるのです!」
「本当、貴方は何処でも変わらないのね」
「変わらないですよー。だってそれが私ですもん」

 ホクシアは苦笑すべきか呆れるべきか迷う。喜怒哀楽の表情をまるで一秒ごとに変化させていくかのようにころころと変わるリアトリスだが、その喜怒哀楽は全て意図的に生み出したものであって、奥底にある本当の感情は滅多なことでは動かないことにホクシアは既に気づいている。
 街を進んでいく。統制の街に住む住民は既に避難勧告が出ているのか、住宅街には人の気配がしない。

「不用意な争いが減っていいわね」

 住民を巻き込むことに対しては悪いという思いをホクシアは持ち合わせていないが、下手に襲い掛かられて体力を消耗するのは避けたかった。
 遠隔魔術が襲ってくる。ホクシアは雷の魔法で魔術を相殺する。景色が住宅街から移り変わり、統制の街に入った時は遠くに聳え立つようにしか瞳に映らなかった塔が近づいてくる。
 魔術を交わすと、第一から第三以外の騎士団所属の人族や、騎士団以外の戦闘部隊が姿を見せる。
 ホクシアが風魔法で己の速度を上昇させ距離を一気に詰める。滑らかな動作で鞘から刀を抜き去り振るう。しかし、幾度も繰り返した乱戦、血を吸いこみ、刃と刃を衝突させた刀は切れ味が悪くなっていた。
 思うように切れなかった隙をつかれて魔術攻撃される。魔術を直接くらったホクシアは地面に倒れそうになるが、刀を地面に突き立てて辛うじて倒れるのを防ぐ。

「くっ」

 身体が痺れて思うように動かない。不覚をとったと唇を噛みしめる。敵が斧を振り下ろす姿が見える。寸前の所でリアトリスがホクシアの前に立ち斧を槍で受け止める。上からの重みが加わるがリアトリスは表情を変えずに押し返した。少女ではあるが、鞭のような花弁の刃が付属した槍を自在に操るリアトリスの腕力は強かった。相手がバランスを崩した隙に槍で貫く。

「大丈夫ですか―?」
「……有難う。今回は借りを作りすぎね」

 “人族”に、という言葉は飲みこんだ。その中にはシェーリオルも含まれている。リアトリスはにかっと笑った。

「いつか返してくださいね―!」

 それは感情を伴わない言葉ではなかった。だが、悪意が感じられるわけではない。もしも必要になった時に宜しくという意味が込められていた――それはリアトリスのためではなく妹のカトレアのためなのだとホクシアは理解した。

「……私が返せる範囲限定よ」
「それでいいですよー!」
「そう。ところで、貴方の槍は切れ味大丈夫なの?」
「ほへ? 切れ味悪くなったって相手は殺せますですよ」

 さらりと返答されたのでホクシアはそれ以上何も言わなかった。
 統制の街内部中央の塔を目指してかけると、庭園が見えた。薔薇が一面に咲き誇っている。魔術を加えて育てた薔薇だな、とヴィオラは推測する。そうでなければ、この滅びに向かっている世界で是だけ美しい薔薇を一面に咲誇らせることは、この土では無理だろうと思ったからだ。
 庭園へ足を踏み入れると冷気が肌にまとわりつく。

「てめぇら。本当に本当に邪魔ばかりしやがって」

 冷気の原因はすぐに判明した。歩みを止める。
 ヴァイオレットがそこには待ち構えていた。やる気のない気だるげな表情は既に無く、その表情には怒りに満ちていた。
 異世界ユリファスの住民は、ヴァイオレットやアネモネが立てた計画を悉く踏み潰してきたのだ。
 全ての誤算はどこにあったかなどヴァイオレットは考えていない。
 この計画が失敗すればどの道終わるのだ。
 ならば、せめて相手を殺すだけ。


- 424 -


[*前] | [次#]

TOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -