零の旋律 | ナノ

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 ミルラが結界を再び展開するよりも早くユエリが距離を詰める。俊足の動作にミルラはついていけない。もとより身体能力の面でユエリに勝ち目はない。
 ユエリは鎖が付属した刃を上空から振り下ろす。

「――!」

 だが、ミルラの身体に届く寸前で身体が停止した。身体が硬直して身動きがとれない。ユエリは身体を動かそうとするが微動だにしない

「これは――」

 水の糸ではない。
 視界を魔法で強化すると、見えなかった糸が映る。蜘蛛の巣の如く張り巡らされていた白銀の糸がユエリの身体を絡め取ったのだ。
 水の糸に隠されていた――本命の糸。水の糸を攻撃手段だと考えただけだったユエリの致命的なミスだった。

「くっ」

 魔法で糸を破壊しようとするが思うようにいかない。

「ふざけるなっ!」

 自らの身体が傷つくことを厭わず魔法を使っても壊せないどころかユエリの身体に傷すら使ない。
 ミルラが魔法を放つと糸が雁字搦めになってユエリにまとわりつく。宙を浮いていたユエリは地面へ落下した。着地の衝撃は不思議となかった。
 ミルラが魔法で風の敷物でも敷いたのだろう。

「……」

 ユエリは眼光でミルラを睨みつけるが、ミルラはその瞳に敵意を見せることはついぞなかった。

「どうして殺さない」

 愚門だと思ってもユエリは問わずにはいられなかった。殺意のないミルラが返す言葉など容易に想像できる。

「同胞は殺さない。それが私の主義だ」
「同胞ではない。私は敵だ」
「魔族だ。ならば私が殺す必要はない」

 ユエリは理解した。この男は徹底的に魔族を愛しているが故に、魔族がどれほどミルラの敵に回ったところで殺すことは決してない。
 その実力で殺すのは魔族以外であるということが明確に伝わってくる。
 歪んでいるとさえ実感するほどにこの男は魔族しか見ていない。
 それと同時に、ミルラがこの世界へやってきたことを理解した。
 レスの魔術師や魔族の少女がユエリと戦っている時に割って入ったのは――自分を殺させない為だったのだと。
 あの二人は確実に敵意を向けていた。特にレスの魔術師からは殺意が溢れていた。
 だからこそ、ユエリが敗北した場合、あのヴィオラとホクシアはユエリに止めを刺した。
 そして、ユエリが勝利した場合、ヴィオラとホクシを手にかけていた。そのどちらかが起こる展開はミルラにとって望まないもの。どちらも魔族であるが故に――レスの魔術師は除いて――だからこそミルラはこの世界に現れた。
 自分がいればその望まない展開を強制的に変更出来ると自負していたから。

「……恐ろしい程に歪んだ愛を持つ男だ」

 ユエリは観念した。どの道、ミルラが自分に対して止めをさすことをしないのならば、世界ユリファスと世界エリティスの争いを見届けることしか最早出来ない。


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