零の旋律 | ナノ

saidエリティス:魔法師


 金剛石すら切り裂ける水の糸を張り巡らせているが、殺意はない。むしろ――ユエリに対して一種の信頼を抱いているようにさえ思えて、彼女は不愉快だった。
そう――ユエリの実力ならば、殺傷能力の高い術を行使しても致命傷に至らずに交わすことが出来るという信頼だ。
 ユエリが殺意を持って刃を振るおうとも、ミルラは殺意で返さない。

「私は同胞を手にかけるつもりはない」

 疑問を言葉にしたユエリに対して、ミルラがきっぱりと言い放つ。

「同胞? 確かに私とお前は同じ魔族だが同胞ではない。敵同士だ」
「関係ないよ。私にとって魔族であれば等しく同胞だ」

 即ち、魔族でなければ等しく敵であると言外に告げているとユエリは思った。漆黒の髪が頬にかかる。頬を歪める。

「それは――不愉快だ。私を舐めている。お前が例え、私が知りえる限り最高峰の魔法を扱える人物だったとしても、だ。舐めないで貰おうか!」

 殺意がある相手に対して殺意を放たないのは、争いの場において手を抜かれているのと同義だとユエリは判断した。
 凍てつく冷気が周囲を覆う。冷気が迸り、張り巡らされた水の糸が氷へ変貌する。氷の上へユエリは華麗に着地する。足音すら立てない動作は洗練されている。
 ユエリはふと視線を騎士団へ向ける。相手はたった六人――ミルラを含めれば七人――であるというのに、騎士団の殆どが既に絶命している。そして六人のうち三人は統制の街内部へ侵入を果たそうとしている。

 ――予想外だな。これはあとでヴァイオレットにどやされるなというか、それ以前に責任が発生してしまう。しかし……此処でこの男との対戦を放置すればよいことなど何一つない。
 ――ならば、結局のところ、私は託された命令を達成出来ない。
 ――それでも、この男をこの世界に放置しておくわけにはいかないのだから、それが私にとって最善だ。

 今、此処でミルラと刃を交えることが最良であるとユエリは判断する。視線こそは鋭いものの、鋭いがその奥には慈愛が存在しているミルラ。彼に殺気はない。それも突破口になる。

 ――お前が私を殺さないと言うのならば、それでも最早構わない。私がお前を殺すだけだ。

 ユエリは精神を統一して空間を歪める魔法を放つ。黒と紫の歪んだ空間が、ミルラの結界を喰い破ろうとする。

「ほう」

 ミルラは感嘆する。
 連続して繰り広げられていた攻撃によって、結界が僅かに弱っていたところへ、空間を遮断し内部を守る結果に対して空間を歪める魔法をぶつけてきた。
 相反する力が作用し、結果として空間は歪められず遮断は解除される結果になるだろうことは魔法の威力から判断できる。
 結界が破壊される前にミルラは移動魔法によって場所を移動すると同時に結界が破壊され、紫の空間に飲み込まれた。何の変哲もない大地が広がる。


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