X スイレンは自分と同等の実力を有するアークと激闘していたが、ふと視線をブローディアへ移した。ブローディアの涙が目に入る。ネメシアの死体を優しく触る手つきはこの場の争いごと等、最早眼中にないように見えた。 横たわったネメシアから視線をそらす。胸に込み上げてくるのは愛おしさだった。 正直スイレンにとってネメシア以外はどうでも良かった。元々スイレンが常盤の民と偽り街へ入り込んだのは復讐のためだ。 常盤衆を殺された恨みを晴らすために、街へ潜り込んだ。 手始めに権力をもつ者から殺害していこうと、とある屋敷へ侵入した時、そこでネメシアを偶然目撃した。兄から暴力を受けていたネメシアはその力に屈せずその瞳から意志が失われることはなかった。強靭な意志に惹かれた。痛めつけられても、負けない意志が漂ってくる。彼女はきっとこの地獄から抜け出してはい出してくる。そう思ったら自然と笑えた。常盤衆を殺された復讐を果たすはずが、いつの間にかネメシアを追いかけていた。彼女がいる限り、スイレンは復讐を忘れられていた。忘れられていた憎しみが沸々とこみ上げてくる。 銃弾がスイレンの太股を貫通する。地面に着地する時、太ももから痛みが伝わってきて、顔をしかめる。アークは笑っていた。 「――ブローディア」 ネメシア以外どうでもいい。 だからスイレンはアークを殺したら、復讐を再開する。常盤の民以外を滅ぼす。その決意は揺らがない。スイレンはアークの猛攻を交わしながらブローディアの隣を横切る。一陣の風が舞うように刹那だけ、通り過ぎる。 「此処じゃない何処かへ行きなさい」 スイレンが囁く。アークの視界に映るのはスイレンだけだ、だからブローディアの隣を横切ったところで、彼が殺意を向けない限り気づきもしないだろう。 ブローディアは伏せていた顔を上げる。 今疾風の如く通り過ぎ、言葉だけを置いていったのは、常盤衆のスイレンではなく、騎士団のスイレンだ。 此処じゃない何処かへブローディアが行けば、彼を復讐の対象として殺す必要はなくなる。何故、そのようなことをスイレンが告げたのかは彼自身もよく理解していない。ネメシア以外はどうでもいい、それでも――仮初とはいえ、一緒に行動を共に共に同じ人を愛したが故に殺そうとは思わなかったのだ。 ブローディアはスイレンの言葉の真意を正確に読みとったわけではないが、此処ではない何処かへ行くことが最善だと思えた。 騎士団に所属する騎士としては敵前逃亡の反逆者だ。けれど構わなかった。 大好きな最愛の人がいない世界ならば、そこから逃亡したところで構わない。 「――此処じゃない何処かへ」 乱戦ではブローディアが何処かへ歩み出したことに誰も気づかなかった。 [*前] | [次#] TOP |