零の旋律 | ナノ

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 花弁が舞う。番傘の動きに合わせて宙を。尽きることのない花弁の刃。夕暮れ時に降る血の雨のようだ。
 一つ一つが無数の刃。乱舞する度に対象を傷つける。始末屋は花弁の刃を交わし、弾き飛ばすがいかんせん数が多い。数多の手数に無数の傷を負ったが、口元から笑みが消えることはついぞない。
 スイレンは中々銀髪の女ジギタリスへたどり着けないことへの苛立ちを募らせていく。ましてや目の前の戦闘狂の思考は理解できない。己が好戦的な性格であることは自覚しているが、始末屋のような戦闘狂ではない。
 ブローディアは呆然と戦うことも忘れて熾烈極まるアークとスイレンの激闘を眺めていた。
 スイレンは常盤衆の頭領と名乗った。即ち常盤の民、常盤衆の中でも尤も強い男だ。
 ブローディアは常盤衆が滅びた理由を理解した。どのような経緯があったかは不明だが、常盤衆が騎士団によって滅ぼされた時、スイレンはその場にいなかったのだ。戦えなかったのだ。
 そうじゃなければ常盤衆は今なお生き伸びていただろう。街に頼らずに、この不毛な土地で、滅びかけた外の大地で生き続けていた。
 果たして、頭領が戦えずに終わるだけだった常盤衆の滅びを、スイレンはどのような心境を抱き、そして常盤衆を捨てて、常盤の民として街に加わり騎士団の一員として生活してきたのだろうか想像すらできない。

「スイレン……」

 ブローディアの呟きはスイレンにまでは届かない。ブローディアは歩みを進める。ホクシアの雷の魔法が行く手を阻もうとするが小鳥のような囀りで魔術を詠唱して雷を無効化する。連続した魔法の嵐はこなかった。
 地面に横たわるネメシアの前に立つとしゃがんで、大好きだった彼女に触れる。艶やかな髪の毛に触れていると三人でいた時の想い出が蘇ってきて涙が零れそうになる。
 スイレンがアークを葬った所で元通りの日常には戻れない。そこにはスイレンもネメシアも存在しないことは胸を締め付けるほど理解している。
 スイレンが常盤衆であったことに他の騎士団は当初驚き、隙を見せた隙にユリファスの民に多数殺害された。
 結果本来ならば常盤衆であり殺害対象であるスイレンではあるが、この場においての優先事項は世界エリティスに侵入したユリファスの民を殺害すること、そのためにスイレンが戦力として使えるのならばこの場に限って放置すると即断した。この場に限っては――即ち、ユリファスの民を殺せばその例外は終わる。
 だから、もう元には戻れない。ネメシアもスイレンとの関係も終わりだ。
 その終わりを思うと涙をこらえきれなくなった。
 ネメシアが髪の毛を無造作に放置しているのが我慢できなくて、髪を切り揃えたことも、質のいいシャンプーとコンディショナーをプレゼントしたことも、それを使ったネメシアの髪から漂ってきた香りも、スイレンが自分より小さいのが我慢できなくて牛乳や栄養満点の料理を作りまくったことも、ネメシアに美味しいものを食べ貰いたくて料理の腕を磨いたことも、スイレンとネメシアに関していい争いをしていたことも、懐かしい想い出として残るだけ。
 是からはない。

「……ネメシア、スイレン」

 スイレンのことはライバルだった。理解できないことも多かった。けれど――同時に仲間だった。だから終わりが来たことが悲しくてたまらない。永遠なんてないと思っていても永久に続くものだと思っていた。


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