V 血飛沫が真っ赤な瞳と同じ色を上げる。鮮血が火花のように散る。 腕に心臓があるのではないかと思うほど、血が腕から滴る。 剣が一線した残像が瞳に焼きつくが、音はしない。無音の殺し屋が魔導を用いて音を消しているからだ。訪れるのは痛みだけ。 白の上着が邪魔だと床へ脱ぎ捨てると、白に隠れていた血よりも鮮明な赤のシャツが姿を見せる。左腕の服は殆ど破けてしまい、痛々しいほどに血が流れる。 今までの切り傷よりも遥かに深い攻撃を受けてしまったことに舌打ちする。 武勲で、武術で一国を纏め上げているといっても過言ではないルドベキアの実力を肌で実感すればするほどに、この男が何故王なのだろうかとヒースリアは思う。ルドベキアは王というよりは武将の言葉が相応しい。 「――さて、何時までもお前と戯れている場合ではない。怱々にくたばってもらうぞ」 「怱々って時間は既に流れ去っただろうが、全く王殺しがこんなに面倒な内容だとは思わなかったよ」 相手を舐めていたわけではない。ルドベキアの武勲は幾度となく耳にしたことがある。けれど所詮ルドベキアはイ・ラルト帝国の王であって戦士ではない。ましてや暗殺者でも殺し屋でもない――始末屋ですらない。故に、殺し屋と此処まで互角の激闘を繰り広げられるというのは想定外だった。 「はっ、当たり前だ! 俺を誰だと思っている!」 「ルドベキアだ」 「王を呼び捨てにするとは本当に礼儀がなっていない」 「礼儀なんて知るかよ。俺は殺し屋だ」 「それもそうだな。だが一つ教えておいてやる今まで刺客程度いくらでも訪れた。己が身を守れずして国を守れるか」 「ならば今日、お前は己を守れないが故に――国も守れない」 ルドベキアが反論するよりも早く音が消える。無音の世界は言葉すら消した。罵声も悲鳴もお喋りも、全ての音はこの時より消える。 故に、ルドベキアとヒースリアが音を発した言葉を耳で聞き取るのも返答するのも、終わりだった。 ルドベキアが一歩踏み込む。重たい一閃をヒースリアは交わす。床が抉れて細切れになった絨毯が宙を舞う。ヒースリアが引き金を引く。銃弾がルドベキアの頬をかすめる。 戦う音はない。 剣と銃が衝突しようがそこに音はなく、血飛沫だけが戦況が動いていることを示してくれる。 果たして幾度刃を交えたことか。 数えなくなってから等しい程に時間が経過しているがお互い譲れないのであれば、お互いの殺意があるのであれば決着はつく。 身体が宙を浮き吹き飛ばされる。白銀の髪が遅れて身体に引っ張られる。壁に激突をする。空気が肺から強制的に吐き出される。衝撃で銃が己の手から離れて床を転がる。 転瞬で距離を詰めた王が頭上より剣を振りおろそうとするが、無音の殺し屋は口元を歪めた。それは――敗北を覚悟したからではない、勝利の笑みだ。 王が閉まったと顔を歪めるが、遅い。 王が剣を振り下ろすよりも先に、ヒースリアが普段扱うマスケットに似た銃ではない――それは床に転がっている――拳銃のトリガーが引き下ろされる。無音の銃弾は、王の心臓を貫く。王は理解した、数多の攻撃を繰り返したヒースリアは最後に態と攻撃を受けたのだ。受けることがわかっていれば次の動作を予め準備しておくことが出来る。それを見越すことが出来ずに必殺の範囲に踏み込んでしまったことが敗因であった。 王の身体が後へ倒れる。力を無くしたてから滑り落ちた剣がヒースリアの裾を地面と縫いつけた。 倒れた音が響く。無音の世界は解除された。 「はぁ……はぁ。なんだよこれ、こんなに苦戦したのは――姉さん以来だ……くそっ」 万全の状態で挑んで、万全の状態では戻れなかった。ルドベキアを打ちとることには成功したが、ヒースリア自身の怪我も相当に深い。特に左腕は痛すぎて感覚がマヒしている。 「とにっ。ルドベキアとの戦い、あの男なら喜んで戦ったんだろうな」 戦闘狂である始末屋の顔をヒースリアは浮かべる。浮かんできた表情は笑顔だった。 「果たして、あいつは今何やってんだか」 全てが片付いたら殺し合う。万全の状態で戦えなかったあの時、執事になったあの日を思い出す。 今度は万全の状態で――思う存分殺し合う。 そのためにも 「まずは、怪我を治さないと。リィハでもどっかに転がってないかな」 ヒースリアは身体を起こす。投げ捨てた上着を拾って羽織る。真っ白の上着は今や血のまだら模様に染まっていた。 彼はルドベキアに一瞥することもなく、玉座を後にした。 [*前] | [次#] TOP |