V 二つの視線を受けて、けれど軍師には負けるつもりは毛頭ない。 軍師アネモネの境界に踏み込んだエレテリカのレイピア。風を貫く連撃。杖を掲げて結界を生み出す。金の瞳を隠さないカサネは魔法を放ち、結界を絡め取り破壊する。破壊された一瞬の無防備を狙ってエレテリカはアネモネを向けてレイピアを突く。寸前の所でアネモネは回避するが、右腕の服が僅かに裂ける。アネモネが距離を取ろうとすると、距離を詰めていたカサネのナイフが襲いかかる。杖を振るいナイフを弾き飛ばす。地面を転がったナイフをアネモネは魔術で操り風の波を利用してエレテリカへ向けて放つ。エレテリカはレイピアを振るい、ナイフを弾き飛ばす。 「二対一って酷いですねぇ」 水の濁流がエレテリカを飲み込もうと襲いかかるとカサネがエレテリカを弾き飛ばす。濁流に飲み込まれながらカサネは魔法を放ち蒸発させる。髪の毛から滴が零れる。はぁはぁと肩で息を整えながら、エレテリカを守れた事実に安堵する。 「私は策士です。……卑怯なんて常套手段ですよ」 「それもそうですね。私もですから」 術者としての腕前はアネモネの方が格上だが、しかしカサネは隣にエレテリカがいるから脳内で浮かぶ作戦は勝算しかなかった。勝算しか浮かばない自分に苦笑する。何時だって、様々な敗因を思考して可能性を潰してきたのに、今はその潰す可能性が浮かばない。都合のいい脳内だ、と。 無数の光がカサネを貫こうと襲う。 「ちっ――!」 カサネはそれらを交わしていったが、全てを交わしきることが出来ず無数の傷を負う。血が流れる。相変わらず腕は感覚を麻痺させたくなるほどに痛い。 アネモネの魔術が、カサネの魔法が、エレテリカのレイピアが苛烈に交錯し合い火花を散らす。 繰り返される猛攻。止むことなき戦闘音。血飛沫があがり、疲弊し、けれど勝敗がつく時まで決して引かない。 「貴方達<魔術師>に差し上げるものなど何一つありません!」 けれど、勝敗が永久につかないことはない。終わりは訪れる。カサネのナイフがアネモネを貫く。それは決定打。ナイフを抜き去ると血が溢れる。 結末が決まったアネモネは笑った。嘆くでも、喚くでもなく――笑った。 「大丈夫ですよ……策士。私がいないところで、他の誰かが私の変わりをしてくれます。結末は変わらない」 「貴方の望んだ結末になることなんて、ありませんよ」 「いいえ……なりますよ。だって……が、そしてルドベキアが……」 言葉は最後まで続かなかった。 軍師アネモネを殺害したカサネは力尽きてその場に倒れそうになる。エレテリカがカサネの肩を支える。 「すみません、王子」 「カサネ、大丈夫!?」 エレテリカが傷を負わないよう、カサネがずっと動いていたお蔭で、かすり傷などは負ったものの目立った外傷はない。それに比べ、カサネは満身創痍と言った状態だ。 「カサネ! ってエレテリカ!?」 そこへエレテリカにとって縋りたい相手が現れる。足音は二つ。 「リィハ!」 治癒術師ハイリと魔族のカイラだ。杖を担いで走る力がないのか、杖はカイラが運んでいた。 カサネが背後からやってきたハイリたちへ視線を向ける。ハイリは金の瞳に一瞬目を丸くするが、別段驚きはしなかった。 「リィハ、カサネの怪我を急いで治してくれ!」 「王子。私は大丈夫です、それよりも王子が先に」 「俺は別に平気だから。リィハ、カサネを」 カサネの鋭い視線が自分を後回しにしろと告げていたが、誰がどう見たってこの場で優先するのはカサネだ。ハイリはカサネの方へ向きあい、治癒術を発動する。柔らかな光が、痛みを取り除いていく。 その様子を無言で眺めるカイラが、果たして金の瞳のカサネを見てどのような心情を抱いたかは不明だ。 [*前] | [次#] TOP |