零の旋律 | ナノ

策士選択


 輝光が霧をうち払い、視界を鮮明にする。不安定な視界が明瞭になる刹那、エレテリカは眼前に影が飛び込んできたことを知る。そして視界が赤く染まり、影は肩膝をついた。

「カサネ!?」

 影は徐々に鮮明なオレンジへ変わる。

「だ、大丈夫!?」

 右上腕が生々しく出血をしており、カサネは額に汗を垂らしながら左手で右腕を抑える。

 ――なら、どうしようもないじゃないか。
 ――けど、どうにもならないじゃないか。

 選択肢は三つあった。四つ目の選択肢が――不可能を可能にしてくれる都合のいい選択肢を、カサネは選択したかった。例え、その先にあるのが失敗であり絶望であり、今までを全て無為に帰すことだったとしても、その選択に縋りたかった。不可能を可能にする奇跡を願ったんだ、と言い訳がましく叫んでしまえたら一番楽な道だったと思う。
 けれど、カサネは四つ目の選択肢を捨てた。そう魔術が放たれる前にアネモネを殺害するという選択肢を。アネモネに遅れて対処し、さらにアネモネの魔術を上回り殺害することなど不可能だと判断した。
 だから、残った選択肢は三つ。

 一つ、エレテリカを攻撃しようとしているアネモネの魔術を見ない振りしてエレテリカを見捨てる。エレテリカはカサネが魔族の血を引いていると知ることもなく、また一生露見することもなく終わる。けれど、自分の命さえも王子(エレテリカ)のためならば利用すると断言する策士が、その選択を是非とするわけもない。

 二つ、エレテリカを庇ってカサネが死ぬこと。死んでしまえば金の瞳は露呈しない。仮に、アネモネがカサネのことをエレテリカに告げたとしても、最早死んだあとのこと。自分自身のエレテリカに魔族の血を引いていたことを知られたくない心を死と引き換えに守れる。
 最初はこの選択肢を選ぼうとした。自らの命で、エレテリカを守れて、自分の気持ちも守れるのならば最善だろう、と。
 けれど、その判断を下す前に怜悧な策士の頭脳がその未来(さき)を想像してしまった。自分が死んだあと、エレテリカはどうする、と。アネモネに挑まず逃亡することはまずないだろう。エレテリカが一人で挑んでアネモネに勝利出来る確実性は果たしていかほどであるか。もしも軍師アネモネに勝利出来ずエレテリカが死んでしまったら――何の意味もない。エレテリカに幸せになってほしいという願いすら叶わなくなる。
 ならば、最早とる選択肢は最後の一つしかない。

 三つ、アネモネの魔術からエレテリカを庇い、且つ自らが死なない方法。その場合、生存しているのだから確実に金の瞳を見せることになる。必然、カサネが魔族の血を引いていることをエレテリカは理解するだろう。知られたくない本心に気がついたばかりの心が痛む。けれど――エレテリカが幸せになれない未来があるくらいならば、心の痛みなど関係ない、とカサネは覚悟を決めた。

「へぇ……以外ですね。貴方なら死ぬと思っていたんですけれど」

 アネモネはカサネが二番目を選択するだろうと思っていた。だからこそ魔術を放つ対象をカサネではなくエレテリカにしたのだ。カサネが死ねば、あとはリヴェルア王国の大さん王位継承者を殺せばいい。一番アネモネにとって効率がいい方法だった。だが、カサネはその選択をしなかった。

「カサネ、大丈夫!?」

 とめどなく血を流す腕に触れようとして、エレテリカの手は宙でとまる。真っ赤に染まった腕は何処から怪我をしていて、何処から無事なのか線引きが出来なかった。

「――大丈夫ですよ。王子、ですから心配しないで下さい」

 苦痛を我慢して、カサネは柔和な笑みを浮かべ背後にいるエレテリカと視線を合わせた。

「すみません、王子」

 ――偽り続けて


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