零の旋律 | ナノ

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 巧妙な策略を数多練ろうとも全てがカサネの思い通りに動く展開へは至らない。人が意志を持ち行動する以上、その意志全てを理解し左右出来る人などいないのだから。
 振るわれる杖をナイフで受け止める。果たして幾度の攻防を繰り返したことか最早記憶にもない。
 距離を取る。荒い呼吸を一時的に整える。魔術がかすった左腕が痛い。腕を水が伝う感覚がする。
 痛みを感じれども、闘士は失わない。カサネがナイフを構えるその視線がぶれることはない。
 双方無傷ではない。無数の傷を既に負っていた。
 お互いに視線を向けあう。
 どちらかが死ぬまで外野なしの終わらない戦い――はずだった。
 計算外のそれは突然訪れる。アネモネのシナリオにも、カサネのシナリオにもなかった乱入者。勝敗の行方を揺るがす存在が――現れた。

「カサネ!!」

 背後からの声。咄嗟に振り向きそうになってカサネは思考が停止する。

「っ――何故っ!」

 カサネは反射的に魔法で周囲に霧を生み出した。それは、アネモネが姿を暗ましサネシスへ攻撃を仕掛けたのと皮肉にも類似した術だった。

「カサネ!? 一体何が起きた!?」
「(――何故!? どうして! どうしてエレテリカが此処にいる!)」

 策士は困惑した。想定外の乱入者は策士が唯一崇拝する王子だったからだ。
 カサネの怜悧な頭脳は想定外の場面に遭遇しても、混乱して思考が停止することはない。ただ、さらなる最善策を求めて思考が廻るだけだ。
 けれど、そのカサネ・アザレアを持ってしても、否――カサネ・アザレアだからこそ、エレテリカがこの場に来ると言う予定外の場面に対応出来なかった。
 咄嗟の判断で金色の瞳を隠したはいいが、何時までもそうしているわけにはいかない。

「(どうする、どうする。どうするのが最善だ!? 軍師が何時までもこの状態を待つわけがない。現状、軍師も多少は面を喰らったはずだ。けどすぐに好機だと判断する。どうする、どうすればいい!? 何が最良だ!?)」

 カサネは、エレテリカに魔族であることを隠している。だが、軍師アネモネには隠していない。戦闘を続行すれば金の瞳は露呈する。例え戦闘からエレテリカを連れて逃走を考えても同じことだ。黒き瞳へ偽るには一日かがりで魔法を封じ込めなければならない。

「(何か、何かいい案はないのか、なにか! 何かないのか!)」

 回転し続ける頭脳は困惑を隠しきれず、最良の答えは導き出せない。

『まさかエレも態度を変えるとか思っているんじゃないよな?』
 嘗て、カサネがシオルと呼ぶ、第二王位継承者シェーリオルに魔族の血を引いていることがばれた日、彼に言われた言葉が脳内を過った。

 ――態度を変えるとか、変えないとかそういう問題じゃないんだ、シオル。

『エレがそれを迷惑だと思うと、本当に思っているのか?』
 エレテリカに迷惑がかかるといって王宮を出て行こうとした時、彼が怒気を込めた言葉。

 ――思われなくてもだ。知られたくない……あぁそうだ。俺は知られたくないだけだ。エレテリカに、俺が魔族だと言うことを。

 迷惑だ、とか、態度を変えられるんじゃないか、とか色々シェーリオルにカサネは魔族の血を引いていることをエレテリカには告げたくない理由を散々言ってきた。確かにそれらの理由があることは事実。嘘は言っていない。けれど、その根底にあるのはエレテリカに魔族の血を引いていることを知られたくない、その思いだったことにカサネは気がついた。

 ――なら、どうしようもないじゃないか。


「カサネ、カサネ!? どこにいる!? 大丈夫!?」

 敵がいるにも関わらず、カサネの居所を探ろうと叫ぶエレテリカ。
 返事をしなければ、返事をしたくない、双方の想いが混ぜこぜになって、策士は結論を導き出せずに迷う。

「あぁ――成程。そういうことでしたか」

 状況を理解した軍師は、不敵に微笑んだ――霧の視界ではその表情までカサネは読みとれない。ただ、魔術を放とうとしているのは、霧を晴らさんばかりの輝きで判断出来た。


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