零の旋律 | ナノ

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 サネシスとの戦闘で負った怪我を治療したアネモネは戦場と化したイ・ラルト帝国の城内へ帰還していた。アネモネはリヴェルア王国の策士が立てた作戦が廻っていると兵士から報告を受ける度に思う。報告を終えた兵士が、その場から立ち去るとタイミングを見計らったようにリヴェルア王国の策士――カサネ・アザレアが姿を現した。

「アネモネ。貴方は魔術師だそうですが、どうしてイ・ラルト帝国と手を組んだのですか」

 開口一番にカサネがナイフを向けながら問うた。
 何れ自分の元へ姿を現すだろうことは想定済みだったアネモネは、特に驚愕することもなく、穏やかな表情を崩さないまま、ナイフを向けられたから杖を向け返した。

「……いいですよ、その質問にお答えしましょう。私たちは元々イ・ラルト帝国と手を組むつもりなどさらさらありませんでした」
「成程。つまるところルドベキアに邪魔をされたのですね」

 アネモネのイ・ラルト帝国と手を組むつもりがなかった、それだけでカサネは何故魔術師が帝国と手を結ぶに至ったか、怜悧な頭脳は理解した。

「えぇ、そうですよ。私たちは当初イ・ラルト帝国を乗っ取るつもりでいました。けれど、ルドベキアに邪魔をされたんですよ、結果私たちの計画は失敗に終わったんです」

 十二年前、魔術師はレス一族が滅びかけたことによる結界の一時的な消失――その千載一遇のチャンスを逃さず潜り込んだ。
 潜り込んだ先がイ・ラルト帝国だったのは偶々だ。偶々――到着した場所が雪国とも言われる一年の大半が積雪に見舞われるイ・ラルト帝国だった。
 そして、世界ユリファスに対する知識が欠けているアネモネたちはまず世界情勢を掴むことから始めた。
 暫くの間はユリファスの世界に馴染むことを重要視し、期を見てイ・ラルト帝国を乗っ取り、自分たちの目的――ユリファスへの侵略を確固たるものとする重要な場所として――を達成することにした。
 けれど、結論から言えば失敗した。万全を期して計画を実行したはずだったが、その戦略は武力によって粉々に砕かれた。

「ルドベキアは実力でイ・ラルト帝国を統治しているようなものですからね、その実力は折り紙つきです。そのことが誤算だったのですね」
「えぇ、それが最大の敗因でした……結果として私は捉えられました」

 ルドベキア王を抹殺しようとして近づいたアネモネは返り討ちにあい、投獄された。

「どのような拷問にかけられようとも……私たちの目的を話すつもりはありませんでした。もとより暗殺をする手前、私以外の魔術師は城に乗り込んでいませんでしたから、私が黙秘を続ければそれで済むと思ったんです。私が傷つくだけなら構いませんでしたから」

 けれど、ルドベキアはアネモネから自白を得ることを諦めなかった。魔石を持ちいらずに“魔導”を扱う不思議な人族を偶然では片付けなかった。未知を解明しようとした。

「……しかし、ルドベキアは見つけ出したんです。私以外の魔術師を――仲間を。そして私に言い放ちました。仲間を見殺しにしたくなければお前たちのことを包み隠さずに話せ、とね。仲間を殺されるのは御免です。ですから、私はルドベキアに魔術師のことエリティスのこと、人族と魔族二つの種族がこの世界に混在していることを包み隠さず話しましたよ。そしたら彼は――私たちに手を組もうと申し込んできたんです。暗殺に失敗した私たちに断る術はありませんから、引き受けましたよ。そうして今の関係が出来あがっているんです」

 一旦、アネモネが間を置いたのは当時のことを思い出したからか。

「リヴェルア王国の策士カサネ・アザレア。貴方には此処で死んで頂きます。貴方の怜悧な頭脳が組み立てる作戦は私たちにとって邪魔ですので――実際、私たちの作戦に支障が生じています。それにしても魔族だとは想定外でしたしね」

 隠されないカサネの瞳を見て、アネモネは苦笑した。

「――お互い様でしょう。私にとっても貴方は邪魔です」

 疑問は解消した以上、カサネにとっては最早質問することも問うことも何もない。

 ただ――相手を殺すだけだ。


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