Saidユリファス:思惑 +++ ジギタリスがネメシアと刃を交えている間、カイラもまた――戦っていた。 血飛沫があがる。血飛沫が舞う。銀色の刃が煌めく。肉の破片が散る。 血と血をせめぎ合いながら戦う一進一退の攻防に決着がついた時には、銀髪が赤髪に変色するほどに血まみれていた。 カイラは勝利の余韻に浸る余裕もなく、相手が死んだことを確認すると床に座り込んだ。 「はぁはぁはぁ」 カイラが殺した相手はイ・ラルト帝国の王であるルドベキアの側近の一人であるアーシスという男だ。城内へ侵入したカイラの役割は、ルドベキアの側近をルドベキアから引き離すことだった。 アーシスは既に血まみれて見る影はないが、刈り上げの黒髪に黒い瞳、体格がしっかりとしており細身のカイラと比べるとその図体は二倍にも三倍にも感じられる。 接戦の末、カイラは辛うじて勝利を掴むことが出来たものの満身創痍の状態だった。身体を動かそうと思っても――痛みはあまり感じないのに動かなかった。 「……まぁ……苦痛を感じないのが、救いか」 カイラは呟く。欠けたサングラスが床に転がっていたから手を伸ばしてかけようと思ったが魔族の証である金の瞳を隠す役割を既にサングラスは放棄していた。 黙っているだけでも血は流れていく。 「……駄目か」 痛覚が鈍くなっているカイラは大怪我をしても痛みという痛みは感じない。だからといって痛くないから死なないわけではない。 自分はこのままジギタリスと再会することもなく死ぬだろうなと思うと死にたくはなかった。 ジギタリスはカイラにとって唯一の大切な人だ。魔族の仲間よりも何よりもジギタリスが大切だった。そのジギタリスが異世界の地へ旅立っている間に、もう一度あの顔を見ることも叶わないままに死ぬのは嫌だった。 けれど状況を覆せるような術をカイラは有していない。魔族ではあるが、魔法は不得意。まともに魔法を扱えないためこの場から移動する手段を有さないし、治癒術など論外だった。魔法はなくとも応急処置の知識があればよかったが、その知識に関してもカイラは疎い。アルベルズ王国に長期間監禁されて育ったカイラには教養が殆どない。字の読み書きすら日々ジギタリスに教えてもらって勉強をしている身だ。 だが、カイラが状況を覆す手段がなくとも――カイラ以外がその手段を有していることは大いにある。 「大丈夫か!?」 カイラの元へ、危なっかしく走ってくる姿があった。カイラの銀髪とは違う白髪に黒の帽子を被り、似合わない身の丈ほどの杖を持った治癒術師ハイリだ。 「……あんた、なんで」 カイラの記憶では、ハイリとユーエリスは魔法封じを破壊する役割を担っていた。だから、魔法封じを破壊してきたことはわかる――確認はしていないが。 戦闘においては魔法が不得意なカイラは破壊された後も魔法を使わなかったし――使えるようになる感覚すら、ルドベキアの側近との攻防では一進一退で気がつかなかったからだ。 「……魔法封じを破壊……出来たんだよな?」 「あぁ。ユーエリスがやってくれた。今、治してやるから死ぬなよ」 「どうして、俺を助ける? あんたは、戦える奴には、ぼったくるんだろ? 払える金を俺は持ってないぞ」 「……大切な人を残したまま死んでほしくないからだ」 答えになってない答えを口にしながらハイリは淡々と治癒術を発動させる。傷は酷いが、治療を続けられれば間一髪のところで治るだろう。その後、戦闘行為を行うには厳しいかもしれないが、戦線を離脱することは出来る。大切な人がいる人にハイリは死んでもらいたくなかった。 それが、自分が大切な人を助けられなかったから、その代わりに助けたいと思っているだけだったとしても――それでも、ハイリは構わなかった。 [*前] | [次#] TOP |