零の旋律 | ナノ

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  ヴィオラの魔術がアシリスを捕える。氷の疾風が襲う。アシリスも魔術で対抗しようとしたが、視線を氷の疾風へ集中したのが敗因だった。足元が氷結する。地面へ視線を移すと、氷が足を覆っていた。アシリスは得意の炎で氷だけを溶かそうとしたが、ヴィオラが距離を詰める。ヴィオラは特殊な素材のトランプを投擲するのではなく、指にはさみアシリスの頸動脈を切り裂いた。
 一息つく間もなくヴィオラの身体は強張る。直感的にアシリスの身体を踏み台にして跳躍するとレイピアが寸前までいた場所を貫いていた。

「あぶねっ!」

 ヴィオラに攻撃を仕掛けた人物――ネメシアは対象を貫かなかったことを確認すると、流れるような動作で移動をする。ヴィオラはトランプで迎え撃とうとした時、ネメシアが回避行動を取る。無音の銃弾がネメシアの横を通り過ぎて行った。

「ヴィオラ、お前はお前のやることをやれ」

 端的に無音の銃弾を放ったジギタリスが告げる。シェーリオルの簡易的な治療を終えた、ジギタリスはヴィオラの知らぬ間に距離を詰めていた。
 ネメシアの視線がヴィオラではなくジギタリスを捕える。

「もしも退くというのならば、私は跡を追わない。しかし、退かないのであれば全力で戦わせて頂く」

 ネメシアの宣言に、ジギタリスは微動だにしなかった。退くつもりならば最初から異世界の地へ足は運ばない。負傷した程度で覆す意志は持ち合わせていなかった。退くつもりが明確にない態度に、ネメシアは嘆息する。

「そうか、ならば私は私の仕事をこなすだけだ」

 ネメシアが両手にレイピアを構える。ジギタリスは拳銃を仕舞い、布に巻いてあるマスケット形状の銃を取り出した。白銀に輝くそれは、芸術品といっても差し支えないほどに美しい。戦いの武器である前に、一つの芸術にも感じられる。

「私も全力で相手しよう」

 真摯な瞳に真摯な態度でジギタリスは応じた。
 
「ジギタリス……!」

 心配な眼差しを向けるヴィオラに対しては尚も淡々とした態度をジギタリスは貫く。

「繰り返すがお前がやることをやれ――此処で全員が戦い続けても増援が来るだけだ。ならば、進め」
「なっ――! それが俺のやることだっていうのか!?」
「当たり前だ。尤もお前一人で進めとは言わない。ホクシアやリアトリスを連れていけ」

 ジギタリスの言葉に、ヴィオラは動きだした。例え、正確な地図を知らなくとも――正確な位置へ移動することを望まなければシェーリオルの移動魔導で此処を突破することは可能だ。それをしないのは、突破したところで追手くるだけだとわかっているからに他ならない。けれど、全員が彼らの相手をする必要はない。人数も着々と減っている。だからこそ、ジギタリスはヴィオラにやるべきことをやれと指示を出したのだ。
襲う敵は引き受けると、障害はなぎ払うと、その意志を持って判断を下した。ヴィオラはジギタリスにネメシアの相手を任せ、移動し始めた。

 ネメシアが距離を詰めるよりも俊敏に、ジギタリスは後方へ距離を取って無音の殺し屋と呼ばれた技術を披露する。無音の攻撃にネメシアは対処し辛いとジギタリスのみに集中する。

「音が……不思議な原理だな」

 周りに音でかき消されたわけではない。発砲する銃そのものが音を発していないのだ。
 銃だけでなくジギタリスの動きそのもの音を一切感じられなかった。銀髪が滑らかに動く音も、地面を足が踏みつける音も、銃に触れるその音も、意図的に全ての音を消されたかのように感じられる。


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