]Y 死んでしまえば何の意味もない。だからこそ生きていたかった。 けれど目の前の男は同情すら抱いていない。何も。真っ白であり、真っ黒。何にも染まり。何にも染まらない。 「それに。お前はお前で一人頑張っているだけだろ?」 「……」 「他の奴らが何かしようとする素振りもない。俺がお前を殺そうとしているのに、だーれも止めないじゃないか。本当に現状を打破したいって思っているのか? あいつらは」 「それで結構」 「ん?」 「何もしなくていいんだ。無駄な犠牲は払いたくない」 貴族に逆らうのが怖い、自らに力がないといって何もせずともローダンセには構わなかった。 恐怖心で圧政することに意味はないとローダンセは信じている。 力がないなら逃げていてくれても構わない。力がある自分がその分頑張るだけだからと。下手な犠牲が出るよりずっとずっとましだと。 「ふーん」 「力がないなら逃げてくれて構わない! 私がその分誰よりも頑張ればいいだけだ! 特殊な軍事訓練も受けていない一般市民が傷つくことに何の意味がある! 守るべきは民だ! 今の国がそれを放棄するというのなら、私が現状を打破するだけだ……」 「理想を掲げるのは構わないけどな。だが俺には関係ない、依頼を達成するまでさ」 刃が振り下ろされる最後の瞬間までローダンセは目を閉じないと決めていた。 狙撃銃でアークが銃殺するにしろ、撲殺するにしろ最後まで生を全うすると。 「やめろーー!!」 一人の少年が叫ぶ。ボロボロの服を纏い、薄汚れた身体で、必死に叫ぶ。 「やめろ……!」 「やめて!」 それを皮切りに言葉が続く。誰もが、我慢出来なかった、見ていられなかった。 ローダンセに死んでほしくなかった。 「やめろやめろやめろ」 少年がアークの所まで走り、コートの裾を引っ張る。 「あぁ? なんだその餓鬼は邪魔をするなら殺してやれ」 貴族の男が軍人に命令する。軍人は無言のまま焦点を少年に合わせ――発砲しようとするが、それを男性が庇う。 「ぐはっ」 少年との体格差によって致命傷じゃない部分に命中した。苦悶に耐えながらそれでも少年の前にたち庇う。 「やめろやめろやめろ」 少年はアークの足を必死で叩く。威力も何もない叩き。 アークは無言で邪魔する者として少年を殺そうと銃を向け――銃の先端をローダンセが掴む。 無傷じゃないボロボロの身体で痛みを必死に堪えて。冷たい視線でアークはローダンセを射抜く。 他の市民も動き出す。湖に投げられた石が波紋を広げるように、ローダンセを守ろうとする声がどんどん広がる。 「やめろ! お前らが戦っても……」 ローダンセが叫ぶが、一度動いた暴動の波は収まらない。 「あんたにいつもいつも戦わせるだけじゃ悪いだろ」 一人の男性が笑顔で叫ぶ。力がないと自らを悲観し、自己防衛に走り何もしなかった。 たった一人に全ての責任を背負わせて平気な顔をして縋ってきた自分が愚かだったと。 そして気がつく。自分たちが現状を嘆いていながら、その現状に甘んじていると。 「全く下らないなぁ」 貴族の男は一瞥する。 「全員殺せ」 数では市民が勝ろうとも、戦闘訓練も受けていない、武器すらも所持していない市民と、武器を所持し戦闘訓練を受けた軍人の間では圧倒的な戦力差があった。 頼みの綱であるローダンセは傷だらけでまともに動くことも出来ない。 どちらが勝つかは明白。明白すぎたからの余裕。そしてアーク・レインドフにはローダンセを殺せと依頼してある安心感。高慢な態度で、足を組みながら貴族の男は現状を嘲笑っている。 [*前] | [次#] TOP |