零の旋律 | ナノ

軍師と暗殺者


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「怪我したの?」

 アネモネはサネシスから負った怪我を治療するため、帝都内で秘密裏に借りている部屋で治癒術を発動させていると背後から声を掛けられた。
 気配は全く感じられなかった。是が敵の声であれば、アネモネはあの世へと旅立っていただろう。

「いきなり声をかけないで下さい。驚くじゃないですか」
「そう? 気がついているのかと思って」
「貴方と一緒にしないで下さい……」

 声をかけてきた相手を見れば、アネモネがこれまた秘密裏に約束を取り付けて手を結んだ相手ノハ・ティクスがいた。首を傾げるしぐさで赤紫の髪が揺れると、隙間から青緑色の瞳が垣間見える。

「……貴方が無事ということは侵入者を排除したんですね?」
「約束を破られない限り、僕はそれを守るよ」

 答えの代わりに別の言葉で答える。

「随分と貴方は約束に拘りますね。まるで『約束』に束縛されているみたいな」

 アネモネは率直な感想を述べた。
 始末屋レインドフ家の面々とノハが敵対し、死にかけた時にアネモネはノハを助けた。
 そこから死んだことになっているノハへ協力を求めた時、約束という言葉をアネモネが意図しないで偶々使ったからこそ今のアネモネとノハの関係があった。約束で結ばれた協力関係だ。

「そう?」
「えぇ。取引でも依頼でもない『約束』に貴方は拘っているんですから」
「――まぁ、ね。けど、それで問題でも?」
「いいえありません。ただ気になっただけですよ。貴方がどうして『約束』に拘るのかってね」
「僕はただ――約束は守るべきものだと信じているから、それだけだ。アネモネは約束を守るよね?」

 約束は守るべきもの、だからノハはそれに準じているに過ぎない。約束は守られるべきもの。約束を破られたら――悲しいから。

「勿論です。私に約束を破る気はありませんよ。ノハ、傷口が少し開いたでしょう。治療しますから此方へ」
「アネモネの治療は終わったのか?」
「えぇ。終わりましたよ。ですので、こちらへ」

 アネモネが手招きをするとノハはアネモネの隣へ座る。服の袖をまくると白かった包帯からは血が滲みでている。手慣れた手つきでアネモネは包帯を解き、治癒術を施していく。生々しい傷跡は治癒術の光によってふさがっていく。それでも、ノハの怪我は酷くてアネモネの技術では完治させてあげることは不可能だった――恐らく、どれほど腕のいい治癒術師だろうと完治は不可能だろうとアネモネは判断している。治療が終わると清潔な包帯に取り換える。

「終わりました。さて、それでは、ノハ。引き続きお願いしますね」
「わかっているよ」

 ノハは立ち上がり、腕の具合を何度か確かめるように動かしてからその場を後にした。


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