零の旋律 | ナノ

V


「とにっ! ざけんな!」

 サネシスが上空から落雷を無数に落とす。

「下手な鉄砲だって数うちゃ当たるだろう!」

 やけくそとも取れる攻撃だったが果たして――功を奏した。

「くっ」

 反響しているため、何処からの発せられたのかは不明だが、苦悶の声がサネシスの耳に届く。

「全く……魔族とは厄介ですね!」

 アネモネが攻撃パターンを変化させる。槍はしなやかな鞭に変化して、渦を描く。
 視界が見えないサネシスの身体を縄が雁字搦めにして身動きを取れなくする。

「くそっ! なんだこれは!」
「ただの……縄ですよ」

 その言葉と同時に白き槍が放たれる。動かなくなった魔徒に的中させるのは容易いこと。しかし、サネシスは雷の魔法で周囲を変動させて、槍の軌道を僅かにずらした。
 しかし、ずらせたのは僅か数センチ程度。身体を貫くことを回避出来なかった。
 サネシスに槍が刺さった瞬間、縄が霧散する。
 視界が白から元の雪景色へ戻ると、サネシスはなんだ、何も変わらない最初から景色は同じだったと思った。儚い銀世界に異物を持ちこんだのは自分だと。何故かそんな風に思った。

「外しましたか……まぁ」

 治癒術も扱うアネモネは、例え治癒術を施したところで、サネシスの残命が延びるわけではないと判断すると止めを刺さずにその場を退散した。下手な反撃を危惧するくらいならば放っておき時間がとどめを刺せばいいとしたのだ。

「あぁ……会いたかったなぁ」

 最後に思ったのは会ったことのない息子の姿。
 瓦礫と化したコンクリートの上に倒れたサネシスは起き上がる気力ももうない。ただ残りの秒針が零になるのを待つだけの定め。時間は止まらないのだから、失われていくだけ。
 喧騒が響いているはずなのに、遠くの音が不思議と耳に入らず静かな時間を過ごしていると

「最後の最後まで息子の名前を間違えて覚えているなんて、本当に愚かですね」

 声がした。誰だかわからないが声がした。サネシスは気力を振り絞り脳内で思考する。

「とはいっても、所詮“想い出”から推測――いえ、推測ですらない読みとっただけのことでしょうから、無理からぬことなのかもしれませんけれどね」

 語りかける声は耳にしたことがある。誰だ。導き出された結論はオレンジ色の髪に黒曜石の瞳を持つにっくき人族の策士だ。

「……」
「聞こえていますか? サネシス・ヴェルフェア」
「な――あんた、まさか……」

 人族には名乗っていないファミリーネームを呼ばれたことよりも、重たい身体を動かして視界に映った策士の姿に驚愕した。

「……馬鹿な人です」

 愚かだ、とカサネは思う。
 それでも、殆ど存在しない小数点以下の数字だとしても“思い”は存在したからこそ、死にゆく魔族を前にして自らの正体をカサネは明かした。
 黒の瞳ではなく魔族の証――金色の瞳をした姿を見せた。

「貴方は一体何を思って二十八年もの間を思っていたんですかね。ずっと――勘違いしたままで」

 ずっと――息子の名前を間違えたまま覚え“会いたい”とそれだけのために、人族の不利をしていたカサネに息子探しを依頼したのだ。滑稽だとすらカサネは思う。
 いくら、彼が写真の中のカサネという人物しか知らなくても、いくら幼子がなれない手つきでかいた名前を見たとしても、それでも間違えたまま探していたのだから。

「か……さね……が」

 かけたかった言葉は出てこない。時間が思考回路が血が命が圧倒的に不足していた。秒針が零を刻みサネシスの呼吸は止まる。
 驚愕に見開かれたままの瞳を閉じるため、カサネはそっと瞼に手を当てる。

「本当に馬鹿な人です」

 繰り返す。

「そして愚かな人です……さて、いきますか」

 サネシスの死に際に自分の正体を明かしたのは、是から自らが戦場に赴くにあたって魔力を隠したままの戦闘では不利でしかないと判断したからだ。
 故に、人族の不利を止める以上、その序に、最期を迎える父親に正体を明かしてもいいやと思っただけの話しだ。
 自分と母親を見捨てた男にカサネは小数点以下の心情しか抱いていないのだから。
 此処から先、進む場所には戦闘以外の面において魔族だと露呈しては面倒だと判断し、フードを深く被ってその瞳を隠す。

「エレテリカ。お前が幸せに暮らせる未来のために……俺は」

 全てはエレテリカのために、策士は動く。自分すら利用する。その守りたいエレテリカが自分の元へ向かっていることなど露も知らずに。


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