零の旋律 | ナノ

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 駆け寄って治療をしたかったが現状では許されない。遠距離から癒せればよかったがそこまで万能にハイリは治癒術を扱えない。一定距離まで対象に近づかなければ、治癒術の腕前を発揮することは叶わない。歯がゆさに唇をハイリは噛みしめる。

「リィーハ!」

 ユーエリスが叫ぶ。千切れた袖口はアンバランスな形へ変形し、重力に逆らうことなく下を剥いて露出した内側からは、無数のナイフと、ナイフを止めてあったベルトが見える。

「ハイリ、大好きだよ」

 あだ名ではなく名前で呼ぶその声が愛おしくて、ハイリは幻聴だと捉えたかった。

「だから――逃げて。こいつ、私じゃ勝てない。でもハイリは助ける、生きててほしいから。だから逃げて。こいつは予想外の敵」

 私じゃ勝てない、その台詞をハイリは耳にしたくなかった。首を振ってその場に残りたい、ユーエリスに駆けよって抱きしめたい。そう脳内が思うのに、足は勝手に出口へ向かって走り出していた。思考と行動が矛盾する。
 けれど深層での思考はわかっているのだ。ユーエリスが望んだのならば生き延びようと。此処で残っていたところでユーエリスにしてやれることはない。ただ、足手まといの存在になるだけだとわかっているからこそ、本能は動いたのだ。

「ユーエリス、大好きだ」

 だから本能に抗って叫んだ――リィーハ大好きと今まで何度も繰り返してくれた愛しい声に返答するために。

「うん!」

 ユーエリスの表情は見えないが多分笑っているのだろう。ノハの妨害されることもなくハイリはその部屋から脱出した。

「見逃してくれたんだ」

 二人だけになった部屋でユーエリスが問う。戦意は喪失していない。隠すことのない殺気がノハを襲う。

「――まぁね。僕が受けた約束の範囲に彼は入っていなかったから。それだけだよ」

 ノハがアネモネとした約束の範囲――それは魔法封じを破壊する輩を殺せ、というものだ。ハイリは魔法封じを破壊していないし、破壊出来るだけの実力があるかも怪しい。杖で叩いた程度では破壊出来ない。拳銃を所持していれば別だったが、拳銃を所持している様子はない。非戦闘員に対してアネモネとした約束が効力を発揮するわけではなかった。
 だから見逃した、それだけだ。約束に拘るノハは、約束に含まれていない状況にまで行動はしない。
 仮にユーエリスと行動を共にしているのがカサネならば見逃すことはしなかっただろう。策士であれば、魔法封じを破壊した。

「そっか。じゃあその約束に私は感謝しないとね、大好きな人を見逃してくれたんだから。私じゃ勝てないっていったけど、でも私は負けるつもりもない。だから、私と戦ってよねノハ。私の戦闘意欲を満たして」
「どの道君は生かして返すつもりはないからね。いいよ」


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