零の旋律 | ナノ

V


「遺体なんて私たちのいるところじゃ、常に発見して埋葬してもらえるわけでもない。野ざらしとか別に普通だし、貴方もそのたぐいだって思ってたけど、違った」

 暗殺者や凶手が生きていく――死が身近な場所で、死に対して弔うことは少なくともユーエリスが生きてきた中では稀だった。
 だから。遺体がなくともノハが実は生きているのではないかと疑うものが誰もいなかった。
 ユーエリスは痛みを我慢して走り出す。折れそうなほどに細い脚が繰り出す連撃をノハは交わしながら拳銃を発砲する。以前ならば発砲するその衝撃で血が染み出て激痛が走ったが魔術師アネモネの治療により、痛みはかなり緩和された。血が染み出る心配も激しい動きで身体を酷使しなければ心配ない程に回復している。
 至近距離からの銃弾をユーエリスはその類まれなる身体能力と、柔軟さをフル活用して交わす。銃口の位置は突如変化しない。銃口から発射される弾丸は魔導でもまとっていない限りは一直線に打ち出される。銃口の角度を視野に入れ、トリガーが引かれる瞬間を見逃さなければユーエリスの身体能力で交わせた。

「ふーん。中々やるね。ユーエリス・アルトマ」
「私のこと知っててくれたんだ。嬉しい」
「まぁ、一応同業者の類だしね」

 ハイリの視界からは動きが早すぎて――無駄なく洗練された人殺しの技が披露される度に――何が起きているのか理解の範疇から外れる。
 雪にしか勝てないというユーエリスの言葉を実感するわけではないが、ノハが戦力にならないハイリから先手を打って殺そうとして来なくて良かったとだけ胸をなで下ろした――弱い者から倒していくのが定石という考えをノハが持ち得ていなくて――心底ほっとした。
 そうでなければ、ユーエリスが足手まといを庇って戦うことになる。ユーエリスの実力は知っているし信頼しているが、足手まといが一緒では本来の実力を発揮出来ないだろう。
 見捨ててくれればいい、とは思うがユーエリスが自分を見捨てることはないという信頼もまたあるのだ。大切な存在だからこそわかるユーエリスの想い。
 視線は何が起きているのか理解できないとは言え、常にユーエリスとノハへ向いていた。祈っていた。ユーエリスが無事であらんことを。ノハを打ち負かしてくれることを。

「がっ――!」

 ユーエリスが地面を転がる。受け身をまともに取れず壁に激突して肺から息が漏れる。

「ユーエリス!」
「大丈夫」

 すぐさま起き上がる。銃弾が足元を通り過ぎていく。露出した腹部を鮮血が染めれば、いかに薄暗い場所といえども、ハイリは気がつく。


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