零の旋律 | ナノ

U


 包帯の量が何故か以前と比べて減っている――身体の状態も大分良くなっていることは、治癒術師であるハイリは一目で見抜いた。

「お前は……」

 ハイリは口をパクパクさせる。酸素を求めているのか、未だ宙をさまよう言葉を求めているのか。
 ユーエリスは地面へ着地し仕込杖を構える。

「確かノハ……」
「へぇ覚えていたんだ」
「そりゃ、忘れられないだろ」

 ノハの右手には銃剣が握られている。敵意はいくら戦力外通知を言い渡されるハイリでも感じ取ることは出来た。
 そもそもシャーロアを傷つけ、カトレアを誘拐しリアトリスを連れ戻そうとした次点で味方でないことは確実だ。

「ハイリ――逃げて」

 風が通り過ぎる時、空耳をハイリは聞いた。
 それは音だったのにハイリは空耳だと現実逃避をした。
 ハイリは知らなかった。ノハの実力を。一度対面したことはあるが、その時は三対一という圧倒的不利な状況だった。ましてや、あの時のノハは今以上に怪我をして本来の実力を発揮出来る状況ではなかった。以前より怪我の具合が良くなっているとは言え、ハイリの中でノハの実力は以前出会った時のノハのままだった。だからノハの実力を推測することが――不可能だった。
 ユーエリスの仕込杖がノハの顔面を切り裂こうと上空から振るわれる。それをノハが銃剣で難なく受け止めるが、力の競り合いはしたくないのかすぐに銃剣で仕込杖を流す。
 ユーエリスが地面へ着地すると身体を屈めて足払いをかける。ノハが空中へ飛び回避すると狙い澄ませたようにナイフが襲いかかってくる。銃剣でナイフを弾き飛ばす。カツカツとナイフが地面に刺さる。
 壁に足をつけてさらにジャンプをしたノハが、空中で地上のユーエリス向けて銃弾を放つ。
 身軽な動作でユーエリスは交わす。足を反回転させて身体を捻りながら袖口から無数のナイフを乱舞させる。一直線に無駄なく飛んでくるナイフたちを前に、ノハは左手にも銃剣を握り両手でナイフから自分の身を守る。ナイフを弾き飛ばしたところでユーエリスの姿が眼前に迫る。袖口から僅かに見えるナイフ。迫りくる攻撃を前にしてノハは表情を変えなかった。
 血飛沫があがる。重力に逆らわず落下する身体だが途中でバランスを取り、足から着地する。腹部を滑る感覚がする。黒い服に赤が垂れる。滴る血はユーエリスの服を伝っていく。

「ユーエリス!」

 薄暗い中で黒と赤の違いを見分けることは困難だった。ハイリはただユーエリスが何らかの攻撃を受けて地面へ着地したようにしか映らないが、心配で叫んだ。

「大丈夫だよ。リィーハ」

 ユーエリスがノハへの視線を外さずハイリへ声をかける。

「知ってる。生きてたんだ。カナリーグラスのgTノハ・ティクス」

 やや拙い声でユーエリスがノハへ声をかける。その姿、その戦闘方法は戦闘マニアでもあるユーエリスが見間違うはずもなかった。

「知ってたんだ」
「知らないわけないよ。だって貴方は私たち界隈じゃ有名人だもの。死んだとばかり思っていたけど――そうね、遺体は発見なんてされてない」

 暗殺者組織カナリーグラスは滅び、ノハ・ティクスは死んだものだと認識されているが――策士カサネ・アザレアでさえもノハ・ティクスが生きていることは知らない。知っていればノハに対する対抗戦力を用意していた。
 いかな権謀術数を張り巡らせることの出来るカサネ・アザレアといえど、死者相手にまでその策略は廻らない。貼られない。故にカサネはノハに対する手を打ち損ねた。


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