零の旋律 | ナノ

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「魔封じが解除された今、この世界へ渡ってくることは容易い。ホクシアにヴィオラ、お前らは他にやることがあるだろう? そちらを優先しろ、こいつの相手は私一人で問題ない」

 ミルラの断言にユエリはやや不愉快そうに――しかし、ミルラの実力を目の当たりにしてしまっては大言壮語だとは到底思わない。ミルラの実力を知っているホクシアやヴィオラは言うまでもない。

「けど、ユリファスを守っている結界はどうするの!?」
「案ずるな、私がそちらを放置するがわけないだろう」
「……そうね。貴方なら結界を維持したまま世界を渡る程度きっと朝飯前なのよね。わかったわ、それじゃあ気をつけて」
「私を心配する必要などないさ」

 何処までも圧倒的自信を隠さないミルラにホクシアは苦笑する。
 敵はユエリだけではない、正直にいえば魔族であるユエリの相手をしたかったが、彼女の実力を前にしてミルラが相手をしてくれるなら自らの意志は押し殺すべきだと判断した。
 それをユエリは止めようとしなかった。今相手にするべき相手を履き違えてはいけない。

「さて、お前がユエリだな」
「……とんだ化け物がいたものだ」
「化け物とは失礼だな」

 化け物――それはミルラに対するユエリの率直な感想だった。

「事実だろ? 魔法の片鱗を見ればそれくらいわかる」
「……それを言うのならば、お前とてそうだろう。かなりの年月を生きた長命な魔族だな」
「今年で三百二十三歳になるな」
「ほお、それは長命だな。私の知っている魔族の中でも数える程度しかいない」
「そういうお前はいったい」
「五百年以上は生きているな、正確な年数は最早数えるのも面倒だし、五百年生きていれば数年や十年程度は省略しても大差はない」
「なっ!」

 ユエリは驚愕の余り掌から握力がなくなり武器が落下しそうになる。
 魔族は長命だ。故に、平均寿命は人族を凌駕する。魔族の平均寿命は二百歳前後だ。けれどミルラは平均寿命の倍以上も生きていてなお二十代の容姿を保っている。

「お前のような魔族、化け物と言わずして何という」

 化け物と繰り返されてもミルラに憎悪の瞳はない。
 それは――ユエリが魔族だからだ。これが人族であったのならばミルラは憎悪を一切隠すことはしなかっただろう。

「お前には悪いが魔術師どもを私たちの世界から追い払うには、放置しておくわけにはいかないな」
「っ――! 私が負ける前提で口にしないで貰おうか!」

 圧縮された魔力によって編み出された弾丸をユエリは放つ。しかし、ミルラに到達する前に編み出された結界によって弾かれる。
 ユエリは後方にジャンプしながらさらに無数の魔力の弾丸を連弾する。だが、いくら魔力の弾丸を浴びせようとも結界はびくともしない。同じ個所だけを集中して攻撃しても結界が脆弱になる様子もない。
 ユエリはむやみに攻撃をするのは無意味だと悟り魔力の弾丸を放つのを断念する。途端襲ってくるのは水だ。圧縮された水は全てを切り裂ける程鋭い刃と化している。水の細い糸が蜘蛛の巣のように形成されてユエリを襲ってくる。
 ユエリは魔法主体で攻撃をしていたと思えないほど身軽な動きで悉く水の糸を回避する。その動作は魔法が封じられていた時にアークと戦った姿そのものだ。

「ほお、動きが素早いな」
「お褒めのお言葉光栄だね、私は是でも――ずっと此処で生きてきたんだ」

 エリティスに現存する魔族はユエリただ一人。たった一人の異分子だ。
 人族と魔族それは――絶対に交われない種族という壁。けれど、それでもユエリにとっての故郷は――守りたいものはこの地。
 ユリファスの魔族に興味こそ湧いても、敵でしかない。仲間はエリティスの魔術師。

「――魔法だけが、私の得意分野と思わないで頂こう」

 鎖が連結した刀を投擲する。それは魔法が加わることで強力な一撃となる。対象を貫けば、肉体の片りんを残さないほどの破壊力を誇るが、ミルラが張り巡らせた結界の前では無意味だった。破壊力が発揮されることもなく、結界に衝撃が吸収される。

「っち――」

 ユエリは鎖を引いて刀を手元に戻す。彼女にとって想定外だったのは、ミルラという規格外の魔族がこの地に降り立ったこと。無数の連撃も一撃必殺の攻撃も結界に阻まれてしまっては無力と同義だ。


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