零の旋律 | ナノ

V


「スイレンは私の部下だ、私の目の前で悪口を言わないでもらいたい」

 アシリスの口が閉じることなくスレインへの罵倒が続くと判断したネメシアが口を挟む。

「わかりましたわ、隊長さんにそう言われたらこの場は引きますわ」
「アシリス、不満そうな顔をするな」
「……はい」

 ネメシアだけでなく第一部隊隊長のカーライトにまで言われてアシリスの強気な顔立ちがしゅんとへこむ。

「じゃあ、私たちはお暇しますよ」

 タイミングを合わせて第三部隊副隊長のレジットが笑顔でお辞儀してから、レオメルの背を押しながら退室したので、ネメシアとスイレン、カーライトとアシリスも続けて退室した。

「では、私も彼らと行動を共にしよう」

 密集していた部屋が閑散としてすぐにユエリもまた退室しようとした。

「宜しくな、ユエリ・クライニング。お前の実力なら問題ないって思っているよ」
「期待していて貰おう、お前はお前でやることを成せよ、ユリファスの民は私に任せろ」
「あぁ任せた」

 滑らかな指先で軽く円を描くと紫と黒が混在する歪な空間が出現し、その中へユエリは躊躇することなく足を踏みいれた。

「一々移動するのに術なんて使うなよ」

 ヴァイオレットは最後にまた舌うちをした。



 ネメシアとスイレンは監視の塔を跡にしてから、騎士団本部の第二騎士団に与えられている塔へ向かう。

「スイレン、不快な思いをさせた……すまない」
「いえいえ、大丈夫ですよ。末代までたたりはしても、火の粉を振り返る真似はしませんから」
「前者の方が怖い気がするけど……」

 ネメシアは苦笑する。ラベンダーの髪に黒曜石の瞳は円らで、その立ち振る舞いは令嬢のような雰囲気を醸し出している。しかし、凛々しい口調が彼女を令嬢ではなく騎士だと認識させる。

「私が常盤でどうこう言われるのは慣れていますから」

 番傘と呼ばれる常盤の民が雨の日に好んで扱う傘を、晴れ雨問わず常時持いているそれで床に弧を描きながらスイレンはネメシアに笑顔で接する。

「スイレンそこをどけー! 邪魔!」

 とび蹴りをする勢いでスイレンの背後から走って現れたのは、騎士団所属のブローディアだ。

「嫌ですよ、ネメシアの隣は私のものです」
「いいや、俺のものだよ。あ、ネメシア料理を用意しておいたから。是から何かあるんでしょ? その前に食べておいて。あぁムカつくけどスイレンにも用意しておいたから」
「貴方また私にだけ特別メニューを出しているんじゃないでしょうね」
「当たり前じゃん。スイレンが俺より小さいとかちまいとかありえないし」

 ブローディアがぶうと頬を膨らませて抗議する。年相応のまだ丸みが残る顔立ちとは比例せずに、その身長は高く、177pのスイレンよりも高くさらにいえばアークよりも高い。
 自分の顔立ちとそぐわない高身長がブローディアのコンプレックスだった。だから、せめてスイレンの身長を伸ばそうと躍起になっているのだ。

「身長が伸びるって噂たっぷりの牛乳で作ったシチューだよ、スレインは。ネメシアにはねー」
「本当に……貴方は全く。しかし料理が美味しいので拒めないのが問題ですよね。とはいえ、身長が伸びる気配はないのですが……というか、そもそも二十四の男が今さら身長など伸びないと思いますよ」
「五月蠅い黙れ。諦めなければ希望はあるんだ」
「いらない希望も期待も抱かないで下さいよ。さて、料理を頂きに参りますかね。食べ損ねても料理は出来ませんし」
「そうだな、私も料理は……出来ないし」

 ネメシアもスイレンも料理は苦手だったが、それに対してブローディアの料理は飲食店が開ける程に絶品だ。

「そりゃ、ネメシアに食べてもらうために一杯一杯練習したからね。あとネメシアは料理なんて作らなくていいんだよ。万が一包丁で指を怪我したらどうするの、その綺麗な身体に血が滴るだなんて許せないよ。だから危ないことは俺が全部やるからね」

 早口でブローディアが捲し立てる。

「いえ、ネメシアはやはり……」

 ブローディアの言葉に異議を唱えるのはスイレンだ。この二人の言い争いは日常なので、ネメシアははぁとため息をつきながらその場を後にした。目的地はブローディアの料理が待っている食堂だ。
 魔術師の街から統制の街まで全力疾走を続けても――まだ、彼らが到着するまでに時間がかかる。唯一シェーリオルがその時間を短縮出来る移動魔導を扱えるが、それに関してはヴァイオレットが使用する可能性はないと断言していた。事実その通りだった。
 だから、その前に万全の準備をしておく。食事は重要な準備の一つだ。


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