零の旋律 | ナノ

逃走


 魔法封じ破壊の目的を達成し、敵の撤退を許してしまった以上、屍が積み上げられただけの場所に立ち止まる意味はない。来た道を戻るだけだ。魔術封印がされた柱をヴィオラが解除し、廊下を走る。研究所内へ戻ってきた時、異変を駆けつけた魔術師が襲いかかってくる。ホクシアの雷撃が貫く。貫いた雷撃は壁に衝突して消える。焦げた匂いが充満する。

「やっぱり魔法が使える方がいいわね」

 掌を眺めながら、独り言を呟く。

「で、ヴィオラどうするんですー? このまま上層部までとっつげーきしちゃう流れでいいんですー?」
「勿論。そのつもりだ。このまま行く。まずは魔術師の街を脱出して、そのまま統制の街へ向かう。統制の街が上層部の塊だ。そこを潰す」
「了解でーす」

 全力力で走るアーク達に迫る凶手をリアトリスの槍についている花弁の刃が撓り、対象の肉を抉る。
 ジギタリスの銃が前方に並び銃を構える彼らが引き金を引くよりも早く引き金を引く。打ち抜かれた弾丸は寸分の狂いなく彼らの頭部に的中する。

「そうだ。リーシェ、お前転送魔導で一気に移動出来ないのか?」

 アークが砕けた柱の破片で相手の眼球を抉りながら問いかける。

「実はさっき怒りにまかせて無理矢理魔導を使った反動で、今は転送魔導クラスは扱えない……」
「リーシェ……馬鹿だったのか」
「戦闘狂の始末屋には言われたくない言葉だな……俺らしくないのは認めるけどよ」
「そうだな。リーシェらしくない。リーシェは確かに王族で民を統べる存在なんだろうけど、でも――それでもシェーリオルは、赤の他人の命に激怒する奴じゃないだろ」
「……酷い言われようだな」
「事実だろ? まっ、とはいっても――だからといって怒りを覚えないような薄情な奴でもなかったってだけなのかもしれないけど」
「……」
「まぁ俺としてはリーシェが怒ろうが嘆こうが、俺と戦ってくれれば別にそれだけでいいんだけど」
「お前と戦うくらいなら、俺は涙を流すわ」
「残念」

 シェーリオルの放たれた炎の魔導が、魔術師を焼き殺す。命を奪うことに抵抗がない。今まで他者の命を奪ってきた。エレテリカやエリーシオ程ではないにしろ、自分の存在を気に入らない臣下が密かに凶手を送ってきたこともある。悉く返り討ちにして命を奪った。理由は明快だ――敵だから、それだけのこと。
 シェーリオル自身も不思議だった。そんな自分が、他者の命を使い捨てにする場面をみて激怒したことが、ただただ不思議だった。けれど、感情はそもそも理屈では動かないのだから、完璧に怒りの正体を理屈で考えようとしなくてもいいのではないか、とさえ思う。感情の矛盾が一つくらいあったとしてもいいだろう、と。
 魔術師の街を出るために襲いかかってきたエリティスの民を、アーク達は容赦なく殺害する。殺し損ねた人は無視した。追ってこなければ殺す必要はない。ただ――殺害した方が簡単だったから殺しただけだ。リアトリスは頬についた血を拭く。
 魔術師の街から外に無事脱出したアークたちはそのまま暫く奔走した所で、足を歩める。
 アークやリアトリス、ジギタリスはまだ体力に余裕があったが魔導師であるシェーリオルが息を荒くしていたからだ。ホクシアやヴィオラも疲れている。十分でも休息は必要だと判断した。

「大丈夫か、王子様」
「はぁはぁ……。大丈夫だ。それよりヴィオラ、こっちに来い」

 シェーリオルがヴィオラを手招きする。右腕に魔術がかすった時についた傷がじわじわといたんでいた。シェーリオルはその部分を治癒術で痛みを和らげる。

「完全に治癒するのは時間がかかるから痛みどめ程度だけどいいな?」
「あぁ。助かる」
「次はアークだ。ほら」

 シェーリオルが手招きするとアークは一瞬ぽかんとする。

「あー忘れてた」

 ユエリと名乗った女性と戦った時アークは負傷していた。その戦った事実は記憶していても怪我をした結果は忘却していた。

「痛みを忘れるな、馬鹿」
「いや、戦闘が楽しかったものでつい」

 笑いながらアークが腕を見せてきたので傷を抉ってやろうかと一瞬シェーリオルは考えたが、そんなことをした暁には、よし戦おう! と嬉々としたアークのレイピアが自分の心臓を貫くビジョンが浮かんだので止めた。


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