X 魔法封じが全て破壊された今、魔導師シェーリオルの魔導を阻む障害は存在しない。 否、魔法封じが展開された中でも魔導を扱った以上、その実力に匹敵する者は、同じく魔法封じの中で魔法を行使したミルラのみだろう。 「やっぱリーシェとも戦いたいよなぁ」 「あのなぁ……」 戦闘狂を隠さないアークにヴィオラは呆れるばかりだ。 「ふざけんな!」 長年の成果を無残にも破壊されたヴァイオレットの常に気だるげだった瞳に憤怒が宿る。 二度と再生することも許さないと言わんばかりに粉々に魔法封じ破壊された。青い液体が足元を濡らす。使い捨ての命にされた人が破壊されたあとから出てくるが、既に虫の息。助かる見込みはない。 民を使い捨てにした彼らに激怒したシェーリオルだが、もう少し助けられれば――とは後悔しない。後悔の感情すら心をよぎってはいないだろう。 「ふざけんなよ、本当に王子様よぉ!」 ヴァイオレットが掌から放った魔術か、無数の光線となり襲いかかるが魔導が復活したシェーリオルの敵ではない。結界を瞬く間に構成し、正方形のそれが弾く。弾かれた光線がヴァイオレットに襲いかかるが、研究者とは思えない身のこなしで回避する。 魔術師の氷が周囲の地面を突き破って裂こうとするが、ヴィオラのトランプがつき出た氷の周囲を六角に囲むと爆発し氷は咲き誇る前に霧散する。 ジギタリスの銃弾が無音の所以である消音によって、何時放たれたのか乱戦の場で察知できなかった魔術師の心臓を貫き凶弾に倒れる。リアトリスの槍が骨肉諸共両断し、相手の身体を無数に切り分ける。悲鳴と困惑のままに事切れる。 「っ――」 圧倒的不利な状況にヴァイオレットは顔を顰める。『魔法封じ』というエリティスが圧倒的優位に立つ切り札を、ユリファスを絶対的不利に追い詰める切り札を高々たった一人の魔導師の逆鱗に触れたことで破壊されたのだ――実際にはレスの魔術師と、魔族の協力があったにしろ――長年の研究によって完成させた至宝の作品が、粉々に砕けた。 事実に打ちのめされながらも、ヴァイオレットは改造銃を連写しながら魔術を詠唱して攻撃を試みる。戦闘に特化した人を用意して防衛も万全の状態にしていたはずなのに――その彼らの実力をエリティスの民が上回っている。 一人、また一人と致命傷を与えられ地面に伏していく。 シェーリオルの魔導がひとたび放たれれば、魔術師が生み出した結界など紙くずも同然に破壊される。 ヴァイオレットにとっての“万全”だと思われた対策は意味をなさなくなった。 「ちっ――ふざけんなよ、エリティスの民どもが」 ヴァイオレットは撤退を決めた。魔術で空間を歪めて別の回路を生み出し、シェーリオルの魔導が迫るよりも早く、その場から立ち去った。 +++ 「魔法封じが破壊されたか」 ユエリは深く被っていた帽子を取り、空を眺める。 世界エリティス全土を覆っていた薄い膜が破壊され、まるで世界にひびが入ったかのような現象が訪れる。 晴天になることがないとはいえ、空を覆う膜が消え去り、僅かに視界が明るくなった。 魔法封じが破壊されても――エリティスで生きる人族にとって不都合はあっても致命傷にはならない。彼らは魔法をもとより扱えないのだから。 ただ、有利な状況が本の少しだけ、平等に傾けられただけ。 それでも焦ることはしないだろう。エリティスの民が生きるこの世界に対して送り込まれたユリファスの民の人数は余りにも少ない。一人一人が一騎当千の実力を有していたところで、この世界を落とすことは出来ない。 むろん、彼らを送り込んだカサネ・アザレアとて承知の上だ。だからこそ、上層部だけに焦点を絞った。 全てを敵に回す必要はない、全てを滅ぼす必要はない。 必要な所だけを――叩き潰せばそれで目的は達成する。そのことにユエリを含め誰もその可能性を危惧していなかった。 その可能性を考えても結局のところ少数で挑むには無謀だという思いが強いからだ。 「魔法封じが破壊された今――楽しみだ」 ユエリは場違いに口元を緩めた。 [*前] | [次#] TOP |