零の旋律 | ナノ

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 読み取りし記憶の渦。膨大な情報の波を彷徨い、目的の情報を彼は調達し続けた。
 数多の記憶を読み取り、数多の過去を踏み渡り利用する。
 だから、彼は何時も通り読みとった記憶における利用価値のある情報をおしみなく使う。
 眼前にある魔術封印が施されている扉の先へ進むために。
 柱の前に手を翳す。深呼吸して精神を統一する。瞼を閉じると深淵。蒼い階段をイメージする。階段はらせん状に形成され、その周囲を黄金の蝶が羽ばたく。螺旋階段の中心部には青白く発光する柱が浮かび上がる。柱に描かれた蔦に沿って、蝶が吸収される想像を終える。

「――蒼き螺旋を刻印せし紋様よ、今汝らが閉じたる扉へ、解錠の羽ばたきを差し出さん」

 解錠の詠唱をヴィオラの澄んだ声が唱える。
 柱は雪と紛う黄金の粒を周囲に散らし、魔術陣が柱の中心から浮かび上がり、柱の間に空洞が出来あがる。その先に映るは道だ。
 魔術封印によって閉ざされていた――エリティスを覆う『魔法封じ』が存在される場所への回廊だ。

「開いたっ! 行こう」
「お疲れ様」

 アークが懐から金平糖を差し出す。ヴィオラは一瞬だけ無邪気な子供のように目を輝かせてから、すぐに金平糖を奪い取った。

「どうしたんだこれ」

 口に含みながらヴィオラは問う。額の汗を拭うよりも金平糖が食べたかった。

「前に金平糖が食べたいって言っていただろ? 襲った家に偶々あったから頂戴しといただけだ」
「早く言えよ」

 もぐもぐと金平糖を咀嚼し続けるヴィオラに、アークは苦笑する。

「ほわー凄いですねぇ。なんか秘密基地に突入するみたいです」

 回廊を前にしてリアトリスが感想を述べる。

「リアトリスには緊張感がないんだな」
「そーいう王子様だった緊張感の欠片もないじゃないですかーお相子ですよー」
「何でもいいからさっさと行くわよ」

 行こうと言ったヴィオラさえ、金平糖を食べていて前に進まないので、ホクシアが呆れながら先陣を切る。道は、柱を空間として別の空間へ繋げているのか、柱の中とは思えないほどに広く、此処は既に別の場所だと実感させる。

「こういう魔術もあるのね」

 ホクシアは感心から思わず言葉が漏れる。シェーリオルやミルラなら詳しい知識があるのだろうが、自分自身はこのような魔法を知らない。それが聊か癪でシェーリオルに問う気にはなれなかった。ミルラはまだいい、魔族としても異例の長命さを誇り、他の追随を許さない圧倒的な魔法師だから。けれど、シェーリオルは――外見でこそ自分より年上ではあるが、実際はホクシアよりも年下だ。年下の青年がそれも人族である者が魔族<自分>より魔法に精通しているのはショックでないと言えば嘘になる。
 廊下を程なく進んだところでジギタリスが背後を振り向けば、柱の扉は既に閉じていた。帰り道はどうするのだろうか、と過ることはない。進むしか道はないのに、戻ることを考える必要はないからだ。
 歩きながらヴィオラは金平糖がなくなるまで食べ続けた。久々に味わう金平糖の味は美味しくて、全てが終わったら金平糖に埋もれようとさえ思う。
 廊下は広く、人の気配しかしない――少なくともヴィオラには読みとれなかった。一直線に続く廊下は地平線に近いのではないかとさえ錯覚を抱かせるが、終着があることは記憶を読み取っているヴィオラが一番理解していることだ。
 程なくして廊下に終わりが見える。頑丈な扉が眼前に突如として広がった。まるで今までの視界は霧に包まれていたようだ。けれど、視界は鮮明だった。

「これも魔術か?」

 ジギタリスの言葉にヴィオラは頷く。扉に手を開けると、自動で扉が開いた――。


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