零の旋律 | ナノ

V


「あははっ」

 満面の笑みを浮かべる戦闘狂を一瞥してから、ユエリは鎖付き刀を投擲する。一直線に飛ぶそれを、アークは交わしてレイピアを握る指を半分にして残りの指で刀に続く鎖を受け止める。
 腕力はアークの方が勝るのか、ユエリが鎖を引いてもびくともしない。

 ――半分しか握っていないだろ

 ユエリは内心舌打ちしたい気持ちを抑え、引けないのならば、踏みいるまでだ、と足に力を入れ距離を縮める。乱舞のような動きが襲う。
 ユエリが右手で刀を構え、心臓を一突きにするようにやや斜めに突く。
 それをアークのレイピアが細い刀身で受け止める。
 アークは鎖を離し、レイピアに全ての指を戻し、そこから一撃を加える。ユエリは身体を捻らせそのレイピアを鎖と鎖の間にはさめることで回避する。
 アークは間からレイピアを引き抜きざまにさらにもう一撃。ユエリが回避しようとするが、それよりもアークの自由な右足が動く方が早かった。足払いをされ、ユエリはバランスを崩す。すぐさま体制を立て直そうとするが許さないとばかりにアークのレイピアがユエリの肩を切り裂く。
 ユエリは重心を背後にずらし、転がるようにして後退した。左肩を右手で抑える。
 血がドクドクと音を立てて流れるのがわかった。冷静に観察するまでもない、アークを仮に倒せたところで次なる者が待ちうけている。アーク以外も相当の手練であることは一瞥した時から理解している。
 これ以上戦い続けて自らが死ぬことに意味はない、そうユエリは判断した。

 ――まぁ魔法封じがなくなるなら、それはそれで――“好都合”ではあるか。

 ユエリはそう決断すると行動は迅速果断だ。アーク達を一瞥することなく一目散に逃げ出した。
 アークは追わなかった。戦闘狂であり強者と戦えることを至福としているが、それ以上に仕事中毒である以上、仕事を放棄して戦闘にのめり込むことはない。

「折角――殺したかったのになぁ」
「主。戦いたかったのになぁという言葉を呟きたかったんでしょーけど、無意識の呟きで物騒度が向上しているですよ」
「ん? あぁ間違えた」
「間違えたと言うより本心が漏れた感じですよね―わー主―相も変わらず危険人物でーす。このままこの世界において言った方が、あっちの世界の世のため人のためですねー。この世界の危険度はあがるですけどー」

 リアトリスが何時もの調子でアークと会話をする。リアトリスがレインドフ家のメイドになってから約四年間続けられた変わらないやりとりだ。

「――あの女がまた妨害してくるだろうけれど、まぁとりあえず……魔法封じを破壊する方が先決だ。行こう」
「ヴィオラの言うとおりね。敵は他にもいるわけだし、たった一人の生死に構ってなんていられないわ」

 ヴィオラの言葉にホクシアが同意する。此処が敵地である限り、敵は常にやってくる。一人二人の生死に構ってなどはいられなかった。


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