零の旋律 | ナノ

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 人工的な光の眩しさを感じてラディカルは目を覚ますと、そこは室内だった。薄汚れた天井にぶら下がったランプが眩しさの原因だとラディカルは思いながら、身体を起こす。
 白のベッドに寝かされていて、此処はまるで病院のようだと思いつつ、本当に病院なのかもしれないとラディカルは考える。
 何故ならば、怪我をした部分に包帯が巻かれていたからだ。
誰かが倒れていた自分を助けてくれたことは間違いない。その可能性は人族が高いし――仮に魔族だったら後で正体を示せばいいと、服の中に仕舞ってある眼帯をつける。もし既に半魔族だと知られていた場合は諦めよう、と判断した。

「おお、起きたのかい。よかったよかった」

 ラディカルが眼帯をしてから十分ほどたって、一目で人柄がよさそうな細身の老人が現れた。

「……此処は何処っすか」
「此処は孤児院みたいな場所だよ。君が近くで血まみれで倒れていたものでね、驚いたよ。命に別状がないみたいで良かったよ。大した治療も手当ても出来なくて申し訳ないね」
「いや、有難うっす。助かったっすよ」

 ラディカルは半魔族だとは気がつかれていないと確信する。半魔族であれば、人の良さそうとはいえ人族が半魔族に親切にするはずがない。

「それにしても眼帯はどうかしたのかい?」
「あぁ、これはちょっとね。元々眼帯していたんっすよ俺」
「そうか」

 その瞳が金目である可能性は思い当たらないのか、老人の態度は変わらなかった。

「本当に助かったっすよ。有難うございます……じゃあ、俺は失礼します」

 ラディカルは痛み足を我慢してベッドから立ち上がる。長居をする気は毛頭ないし、イ・ラルト帝国の帝都に侵入出来なかった以上、リヴェルア王国に戻るべきだと判断していた。

「待ちなさい」

 だが、進もうとしたラディカルの腕を老人の手が止める。

「……どうしたんすか」
「怪我が治るまでは安静にしていなきゃ駄目だ」
「手当をしてくれたあんたなら、そう思うかもしれないっすけどね、俺はそうはいかないんすよ」
「なら、せめてもう少しだけでも安静にして言ってくれ」
「なんで懇願するんすか」

 ラディカルは理解出来なくて、老人の瞳を見る。澄んだ色に濁りは感じられない。けれど、何処か後悔の色が漂っていて益々ラディカルを困惑させた。

「……昔、君と似たように怪我をしていた子がいたんだ。けれど、その子は怪我が完治する前にいなくなってしまった。生きているのか死んでいるのか今となってはわからない……けれど酷い怪我だったんだ。だから、君にはその状態のまま出ていかないでほしいと私は思ったんだ」
「それは……俺の事情じゃなくて、あんたの感情じゃないっすか」
「そうだよ。けれど……けれど」
「……わかったよ。けど、明日には俺出ていくっすよ。リヴェルア王国に戻るまでにも時間がかかるから」

 余りにも必死な表情にラディカルは、その思いを無視して此処から出て行くほど冷酷にはなれなかった。

「君はリヴェルア王国の人なのかい?」
「そうっすよ。敵国の人は嫌なら今すぐ追い出してもいいんすけど」
「……いや、私も元々リヴェルアにいたもんでね。懐かしい、と思っただけだよ」
「……そうっすか」

 ラディカルは親切にしてくれる老人相手にどのような態度をとっていいかわからずに曖昧な反応しか出来なかった。

「じゃあ、少し休んでいると言い。何か食べ物を作ってくる」

 老人が安堵の表情で出て行くのを見て、ラディカルは一つだけ気がついたことがあった。

 ――この人は、他人に親切にすることで、過去の人への懺悔でもしているのか?
 ――そんなもの、下らないだけじゃないっすか、空しくて、辛いだけ。


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