零の旋律 | ナノ

V


 投げられのならば近づけばいい。正体不明の相手が持つ銃にナイフが付属している銃剣が武器だが、至近距離を恐れる必要はない。何より力押しになった場合はいくら両手が手負いだとはいえ、包帯を巻き、且つ銃を武器にしているノハよりは有利だろうと判断した。
 ラディカルは雪を蹴る。走り出した靴に跳ねた雪が付着する。
 ノハは軽く、身体の重心をずらしただけで目立った動作はしない。
 余裕の表れか、とラディカルは内心舌打ちをする。
 ラディカルは持ち手を回転させて刃の位置をずらし、そのままノハの身体を裂く勢いで動かす。ノハの銃剣と衝突しあう。力で押し切ればいいと判断したラディカルはそのまま腕力を込めておすが、ピクリとも動かない。逆にノハが力を込めたことで押し切られる。
 ラディカルは後方へ飛ばされ、雪に足をすりながらもバランスを整えて再びノハへ切りかかる。
 ナイフと銃剣が互いに交差しあう。ラディカルの腕に、腹部に、切り傷が迸る。致命傷ではないが、痛みに眉を顰める。
 ラディカルは傷一つ与えられていないのに――余裕な表情を崩すことすら出来ていないのに、ラディカルは息を荒くしていた。
 ノハが距離をとり銃弾を放つ。それがラディカルの手の甲を貫通する。

「がはっ――!」

 手から離れたナイフが雪の上に落下する。
 ラディカルは決断した。自分では勝てない、と。
 だから――

「あ、逃げる」

 ノハに背中を向けて走り出した。敵に背を向けるなど攻撃を回避出来ない致命的な行動だったが、逃げられるとしたらその選択しかなかった。とはいえ、一直線に逃げればノハの銃が心臓を貫くのは目に見えている。背を向けてはいるが動きは不規則にして少しでも銃弾から逃れようと抵抗していた。
 ノハは銃剣の標準をラディカルに合わせようとして――止めた。

「まぁいいか。これは僕の仕事じゃない」

 逃げる相手に情けをかけたわけではない。そんな情をノハは持ち合わせていない。
 ただ、ラディカルにとどめを刺さなかった理由は、約束の範囲に今の行動が含まれていないからだ。
 そう、イ・ラルト帝国の軍師アネモネと交わした約束に彼を殺すことは含まれていない。
 約束の範囲外だったから、ラディカルは生き伸びられた。それだけの話。


 ラディカルはリヴェルアまですぐに戻ろうとはせず、一心不乱に走り続けた。
 白銀の世界、ましてや訪れたことのないイ・ラルト帝国の地理に詳しくないラディカルには既に現在地が何処であるのかがわからないが、それでも走り続けた。
 完全に得体の知れない銃剣使いから逃げ切ってからではないと休息も出来ない。
 荒い呼吸が休憩しろと身体に警告を与えるが、従わないで走る。一度歩みを止めてしまえば足に根が張ったかのごとく動けなくなるとラディカルはわかっていたから。
 流石にもう安全だろうと判断したのは全力疾走をしてから一時間が過ぎていた。

「はぁあ、はぁ、はぁ……」

 座り込むと途端、力尽きたかのように身体が重くて全く動かない。周囲に人の気配は感じられないが、始末屋アーク・レインドフやその周辺人物程に気配を読むことに長けていない以上、気配を隠して近づいて来られたら一貫の終わりだ、とは思うものの休息しないわけにはもう指一本動かせない。何よりノハを相手にしてくらった攻撃で身体が悲鳴をあげている。治癒魔法が使えればよかったのだが、ラディカルは使えない。
 一息ついて気が抜けたからか、徐々に意識が不鮮明になってきた。

「あっ……やばい、起きねぇと」

 とは思うものの、身体に力が入らず、ラディカルは倒れた。


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