零の旋律 | ナノ

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「なんで……殺さないの」

 ルキの呟きは誰に聞こえることもなく消えたが、その疑問を抱いている者はカトレアを除いて全員といっても差し支えなかった。

「さてっと、このまま退くと言うのなら私は殺さないで貴方達を見逃して上げるわ」

 だが、疑問はカルミアの衝撃発言で解決した。

「なっ!」

 ラディカルの言葉がカトレアを除く者の心境を代弁していた。
 相手は敵、だ。生かせば次に何をしでかしてくるかわからない。不必要な殺しをラディカルは好まないが、それでも――敵を殺すことは躊躇しない。
 そこで思い出す――アルベルズ王国でも軍人を相手にしていた時、カルミアは軍人を“殺さなかった”ことを。
 尤もローダンセを殺す依頼を受けていたアークが、ローダンセを殺そうとした時に依頼を破棄させるため、貴族と、市民を殺そうと銃を向けた軍人をカルミアは殺していた。しかし、その時のカルミアをラディカルは目撃していないし、アークと行動を共にしていなかったが故に知る由もない。
 だから、ラディカルは思ってしまった。
 ひょっとしてカルミアは人殺しが出来ないのではないか――と見当違いも甚だしいことを思ってしまった。

「そんなことをするなら最初から襲うと思っているのか!」

 軍人の言葉にラディカルは思わず御尤もと頷きかけた。
 カルミアはやれやれ、と首を振る。呆れたように。
 忠告はしたわよ――そう最終通告をだした。
 だが、誰ひとり軍人は下がらない。此処で逃げかえるようであれば精鋭部隊の一つと帝国内で呼ばれることもなかっただろう。
 だから、軍人がカルミアを囲むように移動をして一斉に剣を振り上げたのも普通。
ただ――剣を下ろした先にカルミアの姿がなかっただけだ。
 地面に広がるのは普段目にしている当たり前の影。しかし、影は歪に広がり全てを飲み込む闇の如く。そして闇は触手を生み出し軍人の足元にまとわりつく。軍人が慌てて魔導で扱い影を払おうとしたが、一度掴んだ触手が逃れることを許すはずもなく一瞬にして二十人の軍人を触手とかした影が飲み込んだ。
 飲み込んだ影が兵士二十人の形に合わせて一瞬だけ膨張をして伸縮した。
 兵士二十人が跡形もなく殺されたのは明白なのに、血の痕跡が一滴もないが故に、まるで白昼夢のようだった。
 姿を消していたはずのカルミアは何時の間にか、ラディカルたちの正面に向きあうように――本来ならば兵士がいたはずの場所に立っていた。
 魔導を使った痕跡として微弱だが腕が光っているのだけが、戦闘の名残を示しているようだ。

「だから忠告してあげたのにね」

 悠然と、先刻までと変わらない表情で告げるカルミアに、ラディカルは一瞬でも何故カルミアが人殺しを出来ないと思ってしまったのか――と冷や汗を流しながら思う。
 刹那にて兵士二十人が死んだ。


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