零の旋律 | ナノ

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 同時刻カサネ・アザレアは王城で王と謁見していた。肩膝をつき、頭をややたれるカサネに対し、王は玉座にいる。人払いは済ませてあった。

「カサネ、そなたは最悪の状況になればリヴェルアの民を殺すつもりか?」

 端的に、けれど確信をつく言葉に

「さぁ、なんのことでしょうか」

 カサネは頭を上げ笑顔を取り繕った。

「誤魔化す必要はないだろう。人払いはしてある。そなたのことだ、水に毒でも撒いて殺すのだろう?」
「……(まぁ、流石に私と接していればその程度のこと推察がつきますか)」
「それだけはするな。どのような理由があろうと、どのような状況であろうと、自らが自らの民を殺すことだけは許さぬ」

 カサネの表情が少しだけ――苛立った。甘いことを言うな、と。

「わかったな、カサネ」
「……確定した約束はできませんよ。しない約束はしない主義ですから」
「そなたのことだ、甘いことを言うなとか思っているのだろうが、自らの民を殺すことは政策する立場の人が断じてしてはいけないことだ」
「繰り返しますが、確定した約束はしませんよ。……まぁ人払いをしてくれたお礼、というわけではありませんが、この際、私もある程度腹を割って話しましょう。得体の知れない且つ一度はその立場から逃走したにも関わらず、尚も此処でこうしていることを認めて下さった王への感謝もこめて」

 カサネは現在、対魔術師&イ・ラルト帝国への対策対応など、殆どの指揮の全権をになっている。そう命じたのは他でもない王だった。王の命令であれば他の臣下は内心はどうであれ反発する輩はいない。

「私は既に都二つを落とせるほど強力な毒を所持していません。それは別の人に渡しました。ですのでご安心を。“最善”のタイミングで皆殺しにすることはありませんから」

 その詳細を問わずとも王は理解した。
 つまるところ、最悪の状況――全ての手段がついえるときまでカサネは使わない、ということだ。
 そして、その手段が行使された時はすでに手を打つ術がない最悪の時。

「理解した。ならば確認させよ。そなたはそのような手段使わなくて済むように動くのだな」
「当然ですよ」

 カサネは断言する。
 毒を使うのは手っ取り早いが、カサネにとってこの状況は勝利するためのものではなく、エレテリカが悲しまないように、エレテリカが住みやすい場所を作るために――全て、エレテリカを基準としているのだ。
 だから、毒が手っ取り早くとも、エレテリカが悲しんでは本末転倒。
 尤も、エレテリカを生きさせるためならばエレテリカの悲しみなど重ねにとっては二の次だし、エレテリカのためであると思えば、やはり悲しみは二の次だ。その心情を矛盾しているとカサネは思っていない。

「そうか。ならばよい。けれど――どうあろうとリヴェルアの民を殺すなよ。それと一つ……これはその王としてはあまり関係のないことかもしれないが」

 王が言い淀んだ理由をカサネは察して朗らかに笑った。

「エリーシオとは協定を組みましたよ」
「……今までエリーを敵対視していたそなたが何故」
「簡単です。エレテリカが、言ったんです。『王にならなくてもいい』と。だったらエリーシオと敵対する必要はないじゃないですか。ねぇ――エリーシオ」
「そうだな」

 今まで発言一つしなかったエリーシオが答えた。
 この場は人払いが済ませてあるが、エリーシオは最初からそこにいた。カサネの隣で、立っていた。

「そ、そうか」

 王は何と反応すればよいかわからずにどもる。
 エレテリカを王にしたいと画策しているカサネと、第一王位継承者のエリーシオは王の目からでもわかる程に、けれど証拠を掴ませない程度に険悪な関係だった。
 それが一変、エレテリカの一言で関係が覆るのだ――今までの敵対関係が全て水に流して。


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