零の旋律 | ナノ

V


「――最善でも、最良ではない?」
「そう。最良な手段は他の可能性として存在している。でも――最良な手段は最良であるが故に一番難しい。失敗をする可能性も高い。だから、此処が潮時――最善な手段を使うべきだと判断すれば、私たちは他の可能性を潰して最善の道を行く。貴方はそれが出来ない。つまり貴方が毒を使うというときは“最悪な状況”で使うということを」

 その言葉を吟味するかのようにラディカルは無言だ。

「半魔族ってのは大抵魔族の味方なんだけど、貴方はそれでも人族を嫌っているわけではないし、好いてもいる。それに毒を嫌っていて、カサネ・アザレアの手段を使いたくないと思っている。そんな貴方が、そんなラディカルがそれでもカサネの手段を使う時はね、もうどうしようもなくなったときよ。他の可能性が全てついえて、毒を撒くしか道が残されていない時。どんな可能性もなくなって貴方が絶望した時、貴方は毒を使う。だから最悪な状況。けれど終焉したわけでもない状況。まだ毒があれば起死回生出来る最後の可能性の時」

 カルミアの言葉に、ラディカルの顔から血の気が引いていく。

「だから、カサネ・アザレアは貴方に毒を託した。最善なタイミングではなく最悪なタイミングで毒を使わせるために」
「……ははっ、それって余計残酷じゃないっすか……あの悪魔策士め」
「まぁとはいってもあくまで是は私の憶測。それだけは忘れないでね――(そう、私の憶測。恐らくは他の意味合いもカサネ・アザレアにはあるのでしょう)」
「けど、多分カー姉さんの憶測で正解っすよ。本当に――酷いっす。悪逆非道の策士様が考えることなんて寸分も理解したくねぇわ」
「理解出来なくていいのよ。理解していたのならば貴方に毒は渡さないでしょうから」

 カルミアは優しく、自分より身長の低いラディカルの頭を撫でた。ラディカルの感覚は至って普通なのだ。最善のタイミングで毒を撒けることがおかしいだけだ。

「って何するんすか! 俺二十五歳っすよ! 頭撫でてもらう年齢じゃねぇ!」
「あら? そうだったの。私より一つ年下なだけ? もう十七歳でいいじゃないの。面倒」
「何が面倒なんすか! 俺にはよくねぇっすよ!」

 ラディカルの抗議をカルミアは両手で耳をふさいで聞こえないふりをした。

 ――いくら策士とはいっても未来が見えるわけではない。ただ、望んだ未来になるように動くだけ。数多の糸を垂らして事態を動かす。
 ――そして、最善の策をとる。俺たちを含めて最善を選択する。
 ――けど、ラディカルにはそれが出来ない。出来ないからこその切り札、なんだろ。



 カトレアは魔族の村入口にある花を眺めていた。すると、二対の魔物とオレンジ髪の少年が近づいている。

「変わった人、だよね……カトレアも」

 少年ルキはカトレアに話しかけた。
 カトレアは立ちあがり、目線をルキと合わせる。ルキ本人と、両隣に寄り添う魔物から敵意は伝わってこない。

「そう……?」
「うん。カトレアが決めたことじゃないとは言ってもさ、普通魔族の村に人族が滞在しようとは思わないでしょ」
「そう、なのかな?」
「うん。だって魔族にとって人族は敵で、人族にとって魔族は敵なんだから」
「そうだね……でも、私には同じだから」

 まるで始末屋が人族も魔族もどちらも同じく依頼があれば殺す、というのと同じように――カトレアは答えた。


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