零の旋律 | ナノ

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「……リヴェルア王国が不利な状況に持ち込まれる前に、帝国と“引き分け”に持ち越すってことかしら? 毒を流して世界そのものを乗っ取るつもりだ、と敵を魔術師にでっち上げ、利害が一致した帝国と手を組み魔術師を打つ?」
「詳しくは説明されていないけど、多分そういことっすよ。なんであの策士はこんな残酷な方法が浮かぶんっすかね」

 ラディカルは太陽の光に毒の小瓶をかざす。
 宝石のような輝きをしているのに、その色は酷く不気味で恐ろしかった。

「つまりカサネにとっては他人ということよ。人は見ず知らずの他人に対してはどこまでも残酷になれる生き物だから」
「……それはわかるし、俺もそんなことは知っている。だけど――それだけが人じゃないだろって思うんすよ。何より、毒で殺す人は、それこそ兵士たちだけじゃないっすよ、何も知らない一般人も殺されるんだ」
「貴方は“毒”が嫌いかしら? いいえ、卑怯だと思っている?」
「思ってるっすね」

 間髪いれず即答した。

「そう。けれど毒は大多数の人を殺すのに最適な方法なのよ。ましてや一般人であればある程に殺しやすい。だから、彼は毒を使うことを卑怯だとは思っていない。ただ効率的な手段であるからそうするだけ、何より戦いの場において卑怯な手段など山ほどに溢れているし、それらは卑怯だと呼んでいいものでもない、と私は思うわ」
「どういうことっすか」
「ラディーには理解できなくてもいいわ。……ううん、違うわね。ラディーは“理解しなくていい”けどね、勝つことが目的なら、どんな行為だって卑怯にはならないよ。勝つための“手段”なのだから。まぁ、あの策士に関しては“卑怯”だったとしても、喜んで使ったでしょうけど……。ラディー、卑怯な手段は、同時に効率的な手段よ」
「……カー姉さんの言葉多分半分も理解できてねぇすけど、だったら何故あの策士様は俺に毒を渡したんすかね、それこそ尤も非効率的な手段でしょ」
「そうねぇ……まぁあくまで私の憶測でしかないけど、だからこそ渡したんでしょ」、
「はい?」

 ラディカルが毒を卑怯だと思い、毒が嫌いであるからこそ、カサネ・アザレアは渡した。益々意味がわからなくて首を傾げる。

「例えば、私たちは――レインドフの面々にジギタリスたち、恐らくはヴィオラや魔族も、そしてシェーリオルも毒を渡されてそのように説明されたのならば“最善”のタイミングで躊躇せずに毒を撒くは。必要とあれば殺す。それが一般市民を巻き込むことになろうが、街から生命が消え去ろうがおかまいなしに殺せるわ」

 そこに――始末屋でも暗殺者でも殺し屋でも人族を嫌う魔族でもない、王子が含まれていたことが空恐ろしいとラディカルは身震いをするが、否定はしなかった。

「けど、貴方は最善のタイミングで毒を撒くことは出来ない」
「そりゃ! そうっすよ!」
「だからよ。最善のタイミングで毒を撒くということは、結果としてそれが一番“最善になる”だけ。毒を巻けば他の手段を用いる道はふさがれる。最善のタイミングで毒を使うと言うことはね、他の可能性が存在している時点で、他の可能性を潰して行うってことなの。使えば最後、他の可能性はなくなる。何より、最善ではあっても“最良”な手段ではない」


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