零の旋律 | ナノ

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 周囲へ念の為視線をやると、突然の出来事に驚愕しながらも、平穏から逸脱して巻き込まれたくないと、傍観者のたちいちから撤退しようとする“一般人”ばかりだ。
 だが、ジギタリスの瞳は的確に、一般人に紛れて腕利きの人物が二名いるのを捉えた。恐らくは眼前にいる彼らの仲間で、不意打ちを狙っているのだ。だが、ジギタリスに不意打ちは無意味だ。
 何故ならば、彼女の瞳は視認した相手の強さをほぼ的確に測れる鋭い観察力を有しているのだから。

「ヴィオラ、お前は戦うな」
「は? 何を言ってんだ。俺も」
「私だけで事が足りる。ならば、不必要に体力を消耗する必要はない。お前は情報を得るためにといいそうだが、それは最後にするんだ。今は――私に従え」
「……わかった」
「但し巻き添えをくらいそうになった場合は遠慮なく反撃しろ」
「了解」

 ジギタリスの実力を間近で見たことはないが、王都リヴェルアが魔封じの装置により『魔法』が封じられた時、装置を破壊するためにヒースリアと共同して狙撃をした人物だ。実力が折り紙つきなのだけは間違いないし、負ける心配もしていない。

「さて、内緒話は終わったのか? 人生最後の言葉を!」

 ジギタリスは駆けだした――ヴィオラに、白の布で巻かれた“それ”を渡してから。使うまでもないと、彼女は判断したのだ。
 男たちは銃を発砲するが、それを軽々とジギタリスは交わし宙へ逃げる。空を舞う銀色は目を奪われる程に美しい。宙では逃げ場がないと続けて発砲したが、銃弾をジギタリスは懐に隠してあった拳銃のコーティングされている部分で銃弾を弾き返した。
 彼らの背後へ華麗に着地をすると拳銃から僅かな発砲音と共に、男の胸に赤き華が咲く。一人倒れたことを確認もせずに――ジギタリスは弱いと判断した順番から銃で撃ち抜く。
 銃弾を撃ち尽くした後は素早くリロードして体格のいい――間違えようもなくリーダーである男と向き合う。

「一瞬にして我が部隊が破れるとはな、予想外に強い。だが――」

 男の言葉を聞くまでもないと、ジギタリスが銃を宙へ放り投げると両手をコートの中へ入れ、素早くナイフを抜き出すと同時に視線を男から話すこともなく、左右にいた一般人へ向かって塔的した。ナイフは寸分たがわず二人の脳天に突き刺さる。

「だが、何だ? お前の隠し部隊の人は今始末させてもらった」

 刹那の出来ごと。一切の音がしない滑らかで無駄のない機敏な動きに男は一瞬目を奪われる。そして純粋な感想を抱いた――美しいと。

「何故わかった!?」

 我に返った時、眼前にいる女性は、残酷な死神に思えた。

「例え一般人に紛れていようともな、武力を見につけた人とそうでない人の差は隠しきれるものではない。それだけのことだ。さて、残りはお前だな」
「……何者だ」
「ユリファスからの侵入者だろ? それ以上でもそれ以外でもないさ。だがな――余り甘く見ないことだ」

 無音――殆ど音がしないうちに、男は気がついた時には既に心臓を打ち抜かれていた。否、僅かな音はした、しかしその音は会話によって打ち消されてしまったのだ。

「さて、ヴィオラ。私の方は終わった」
「あぁ」

 ヴィオラは一番多く情報を有しているだろう男の顔に手を触れる。流れ込んでくる様々な情報の海に圧倒されないようにしながら必要な情報だけを選別していく。
 情報を一通り読み取ると、ヴィオラは額から僅かに汗を滴らせた。

「充分だ、いこう」
「あぁ。それにしても怱々に正体が露見するとは予想外だったな」
「仕方ない。此処はそういう街だったんだ――統制の街の名にふさわしすぎるくらいにな」

 答えながらヴィオラは思う。ジギタリスの洗練された殺す技法は、残酷でそして美しい柳眉だと。

「後で話を聞こう」
「あぁ、話すよ。手に入れた情報余すところなくな」

 街で騒ぎを起こした以上、何よりこの街が“統制の街”である以上、慎重になる必要はないと判断して人目を憚らず駆け抜ける。

 ――此処は統制の街、動向が監視された牢獄の街だ。


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