零の旋律 | ナノ

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 ヴィオラとジギタリスが街へ入って最初に覚えたのは違和感だった。

「なんだ……これは、ふむ。街自体は私たちの所と対して変わりがないようだな、しかし――空気が重たいとでも言えばいいのか?」
「だな」

 街の風景は世界ユリファスの特に、リヴェルア王国の王都を印象づけるような雰囲気が漂っている。行き交う人々の服装も世界ユリファスの基準から細部の違いはあるかもしれないが、大差はない。ただ、彼らは魔術師であるが故に、金の瞳を有する人間とすれ違うことはなかった。
 この世界に魔族は存在しない。ならば金の瞳が存在することもまたないのだ。
 人々の賑わいや買い物帰りの印象を与える手提げを下げた女性、子供と手を繋いで歩く夫婦、その光景どれもがユリファスと変わりあるものではない。
 それなのに、ジギタリスとヴィオラは確固たる違和感を覚えたのだ。
 ヴィオラは落とした物を拾う不利をして、地面に手を触れる。腐敗した大地からの浸食を防ぐためかコンクリートで地面は覆われている。
 人々の記憶がヴィオラの脳内へ流れてくる。魔術師に直接触れる方が効率的だが、怪しまれるのはまだ避けたい。

「……やばい」

 流れてきた記憶が決して歓迎出来るものではなかった。ヴィオラが呟くのと同時にジギタリスは反応をした。宝石のように美しい瞳が前方を見据える。
 ジギタリスはヴィオラを守るように一歩前に出た。ジギタリスはあの面子の中で一番に守るべき対象はヴィオラだと判断している。世界と世界を繋げる道筋を構成する魔術師が殺されることは避けなければならない事態だ。

「何用だ」

 ジギタリスは前方から颯爽と現れた軍服と思しき恰好の数名が近づいてきた所で話しかけた。
 武装している姿、何より真っ直ぐと此方へ向かってきていることを見ればターゲットが誰かであるか明白だ。このタイミングでやってきて偶然だ、ということはない。

「繰り返すが……何用だ?」

 再びジギタリスが声をかけると、軍服を着た男たちは歩みを止めた。ジギタリスが白のコートを肩でかけているのと同様に、黒のコートを肩で羽織っている人物の胸元にある勲章は階級があることを匂わしている。ジギタリスの倍はありそうなほど恰幅がよいが、太っているわけではない。鍛え抜かれた筋肉と体格のバランスは良く、纏う雰囲気は数多の修羅場をかいくぐってきた猛者のものだ。

「不審者がこの街に侵入したら排除しに向かうのは当然のことだろう」
「成程。同感だ、ならば一つ質問させてもらおう、何故私らが此処に入ったことに気がついた?」

 侵入して数時間が経過したならば露見しても不思議ではないが、まだ街へ入ったばかりだ。余りにタイミングが良すぎる。何より人目に関してジギタリスは警戒を怠らず、不審な視線を感知することはなかった。

「この状況で――四面楚歌の中で肝の据わった女性だこと。簡単だ、この街が“統制の街”だからだ」
「……そうか」

 要領を得ないジギタリスだったが、先刻より無言なヴィオラが何かしらの情報を得ていることは確実だ。
 此処で判断するべきことは、彼らを片付けるか、それとも逃走するかだ。
 だが逃げた所で意味はないのではないかとジギタリスは思う。彼らは自分たちがこの街へ侵入したことをどのような手段を用いたかは不明だが、確実に知っていた。
 理由は“統制の街”だからと言っていた。ならば、アーク達の元へ戻ったところで彼らの元にもエリティスの住民――“敵”がいる可能性が高いだろう。
 ならば、必要以上に敵を増やしたままにする必要はないと判断する。


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