零の旋律 | ナノ

始末屋と執事


 靡く風に揺られ頬を伝う髪が鬱陶しい。緩く結んである髪の毛のせいで苛立ちが増えるようだ。リボンを解き、ポニーテールへ結び直す。引き締まった感覚にこれだ、と思う。苛立ちが僅かに霧散した。

「よぉ」

 待ちわびていた相手がやっときた。光加減では金色にも見える髪を揺らしながら振り返る。瞳から迸る殺気は、確かに殺意を伝えていた。
 白銀の拳銃を相手へ向ける。引き金を引けばそれは音を発することなく対象へ向かうが、この場で引き金を引いたところで対象は軽々と避けるだろう。至近距離ですら余裕に避ける反射神経に動体視力、鍛え上げられた身体は不可能とも思えることを可能にしてしまうほどに卓越した身体能力を誇る。

「異世界で死ぬことは許さないからな」
「俺が死ぬわけないだろう? ヒース」

 アーク・レインドフは不敵に微笑む。

「お前を殺すのは俺だ、他の誰にも殺されることは許さないからな」

 その表情はヒースリア・ルミナスというアークがつけた名ではない。嘗て無音の殺し屋として活動していたころの名リテイヴ・ロアハイトの顔そのものだ。
 彼の最大の目的はアークを殺すこと。執事にならないかと言われたその日から誓っていたことだ。
 万が一、リテイヴの預かり知らぬ所でアークが死んでしまったらどうしようという思いが常にあった。しかし、アークの実力を知っているからこそ“この世界”ではさほど心配をしていなかった。最適な時期に最高の舞台で殺し合えばいいのだ。
 だが、魔術師の世界は別だ。そこはリテイヴの知らない場所で知らない世界。何が起こるかわからない。当然アークが死ぬとは思っていないし、誰かに殺されるようなへまはしないと知っている。
 それでも、もしもが起きらないとは限らない。この世界以上にもしもが起こる可能性は高いのだ。何より、リテイブがその場にはいない。
 殺し合えなくなることだけは避けたかった。
 リテイヴの目的はアークを殺すこと。その為に執事をしているのだ。

「お前にも殺されてやるつもりはないよ」
「アーク。魔術師たちとの問題が全て片付いたら、俺と戦おう」

 殺意にまみれた宣言にアークも殺意を持ってかえす。戦闘狂であるアークもまた、リテイヴを殺したかったのだ。

「あぁ、約束だ」
「破ったら承知しませんよ」

 ヒースリア・ルミナス、執事としての彼の顔に戻りながら告げる言葉にアークは破るわけないさと返答をした。


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