零の旋律 | ナノ

レインドフ家


 外の空気は澄んでいて人々の日常は同じで、異世界からの侵略者が虎視眈々とこの世界を狙っているとは到底思えないし、世界が今魔法封じ、魔術師の出現で混乱しているとも思えない。
 リアトリスとカトレアは左右からアークの腕を掴みながら外に出る。リアトリスは少し背伸びをしてアークに耳打ちをした。

「ヒースって我儘ですよねぇ」
「そうだな」
「機嫌悪いですから会った方がいいんじゃないですかー? 仕方ないからリテイヴに譲ってあげるよ」
「それは俺に言うべきことじゃないだろ」

 アークは苦笑する。リアトリスの“譲ってあげる”発言に。

「まぁそうだけど。それにしても策士様はほんと策士様って感じだね。そういう風に仕向けるんだから、私たちよりずーとあくどいよ」
「……だな」
「どーせ、リテイヴかカルミアにイ・ラルトの王を殺してもらう算段なんでしょ。でもカルミアがこの世界にいるなら――ジギタリスとリテイブを態々分ける必要はないしね。両方魔術師の世界エリティスに行く方が効率いいよ。両方とも“殺し屋”なんだから」

 リアトリスはクスクスと笑う。その顔は“メイド”の顔ではない。アークとリアトリスの会話にカトレアが口を挟むことはしない。それはカトレアが踏み入れることを拒絶されている領域だ。

「だな」
「でも、その効率を無視してでもやっておいてもらうことがあるってことでしょ。つまりは策士様の思惑通り。でもアークは思惑通りに動くんでしょ?」
「そうだな、どっちにしろ――殺したいのは事実だ」
「本当に呆れるくらい戦闘狂。まぁ私も――殺したかったんだけど」
「でも、“譲って”くれるんだろ?」
「まねー。私にはカトレアがいればいいんだから、それ以外のことは全て二の次。ヒースリア・ルミナスのようにそれを最終的にして最大の目的にはしないよ。それに――命をかけるなんて馬鹿馬鹿しい」
「相変わらずだことで。じゃあちょっと行ってくるわ」
「ヒースに伝えといたら? 私が引っ張って上げるですよーって」
「伝えとくよ」

 リアトリスが掴んでいた腕を離す。それにならってカトレアも離した。
 アークはヒースリアがいる場所へ向かう。何処にいるかは検討がついているし、それが外れるとは思っていない。主と執事として二年間レインドフの屋敷にいたのだ、何処にいるかくらいはわかる。

「本当に呆れるほど戦闘狂。さて、カトレア何処で時間つぶすです―?」
「お姉ちゃんと一緒ならどこでもいいよ。……お姉ちゃん……無事に帰ってきてね?」

 カトレアが心配そうにリアトリスの顔を覗く。

「大丈夫ですよ―。お姉ちゃんは死にませんから、何時だってカトレアの元へ帰ってくるですよー」

 例え、カトレアから離れる方がいいことだと思いながらも離れられない愛おしさ。
 笑顔で告げるそれは偽りではなく本心からの微笑み。
 全てはカトレアが生きる場所のため。カトレアに生きていてもらうため。
 それだけがリアトリスの生きる意義。


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