零の旋律 | ナノ

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 ジギタリスとカイラは宿の一室に部屋を取り、そこで休息していた。
 ジギタリスが入れた紅茶をカイラは飲む。テーブルの上には普段とることをしないサングラスが珍しく置かれていた。露わになっている金の瞳は穢れをしらないかのように美しい。

「カイラ。お前はいいのか? このまま彼らに付き合っても」

 空になったティーカップに紅茶を注ぎながらジギタリスはカイラに問う。ジギタリスは自らの意思で此処へ赴いたがカイラはそんなジギタリスについてきただけだ。

「……愚問、だな。俺はジギタリスがあいつらに付き合うのならどこまでだって付き合うよ」
「そうか、確かに愚問だったな」
「一つ、いいか?」
「何だ?」
「ジギタリスは何故、彼らの要請に応じた? 下手をすればあいつらと刃を交えていた可能性だってあったんだよな?」
「そうだな」

 ジギタリスとカイラはイ・ラルト帝国で護衛や警護を生業としていた。故に、イ・ラルト帝国にいたままであれば何れ護衛の依頼が舞い込んできただろう――帝国直属にだ。そうなればリヴェルア王国の面々と刃を交えるのは必然的だ。
 そうなった場合、始末屋は自分と刃を交えることに喜びを見出すのだろうなと思うとジギタリスは心中でため息をつく。

「だが、私は別にイ・ラルト帝国に愛着が湧いていたわけでもないしな、リヴェルアに寝返ったところで私自身感情が揺らぐわけではない。それに私が彼らの要請を受けたのは簡単だ。一度リヴェルア王国に戻るきっかけが欲しかった。それだけだ、カイラは巻き込んでしまった形になるが」
「関係ない。俺はジギタリスについていくだけ、どんな場所だってな」
「そうか、有難うな」

 人族は憎い。それは今も昔も変わらないカイラの思いだ。
 だが――ジギタリスだけは別だ。ジギタリスの存在は仲間である魔族に対する思いを遥かに凌駕する想いを抱いている。

「もう一つ、ヒースリアとかいう銀髪の男とはどういった関係なんだ?」

 今日はやけに喋るな、とジギタリスは思う。カイラは自分以外の相手と喋る時は無口で口数が少ないが、だからといってジギタリスと二人っきりの時は饒舌というわけではない。多少口数が増えるだけだ。

「ヒースリアは私の弟だよ」
「……それにしては険悪だったな」
「まぁ元々姉弟中は……いや、私たちの血縁は元々仲良しではないのでな。私からすれば普通なのだが」
「そうか、俺がみてきた兄弟は……仲が良かったから違和感があっただけだ」

 カイラがみてきた“兄弟”それはアルベルズ王国で一緒に地下牢で捕らわれていた魔族だろうとジギタリスは判断する。

「確かにな。それにレインドフのとこにいるメイドの――リアトリスとカトレアも仲がいいから、私たちはより一層険悪に見えるかもな。他に聞きたいことはあるか?」
「いや、ない」

 一通り疑問が解消されたのだろうカイラは黙って紅茶を飲みほした。
 “険悪”な理由は勿論あるが、余計なことをカイラに教えるつもりはなかった。嘗て“無音の殺し屋”の名を奪うために自分が父親を殺したこと、そして“無音の殺し屋”の名を奪うために弟が姉を殺そうとしたことなど、不要な情報だ。それは過去であり“無音の殺し屋”の問題であり、今ではなく、カイラに関係することでもないのだから。
 その後は必要なこと以外口にせず、またジギタリスもお喋りな性格ではないため、静かな誰もいないような空間へと化していった。


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