零の旋律 | ナノ

X


 魔族との取引が終わった後、カサネとエレテリカは王城へ戻り、現在はエレテリカの自室にいた。静かな空間、空を見上げれば今起きている出来事が嘘のように思えてくる。
 エレテリカは意を決しカサネの袖を掴んだ。

「王子?」

 このまま手を離せばカサネ・アザレアは再び何処かへ行くだろう。それはつまりエレテリカの前から姿を消すということだ。

「もう、何処にも行かないで」

 切実な言葉だった。切なる思いだった。
 カサネの命を狙っている輩がいた時、カサネは彼らを始末した後、忽然と姿を消した。
 それからの日々は寂しかった。心に穴があいたようだった。
 またカサネが姿を消したら、今度こそエレテリカはカサネのいない空虚に耐えられる気がしなかった。

「それは無理ですよ。一緒にいることは叶いません」

 『もう、何処にも行かないで』その言葉がカサネは本心では嬉しかった。
 エレテリカからそれを望まれていると。しかし、一緒にいることは叶わない。
 カサネ・アザレアは周囲には隠しているが魔族の血を引いている。それが露見してしまうわけにはいかない。瞳の色を黒へ変化させようとも、魔族の血を全て封じ込められているわけではないし、人族とは寿命が違う。外見的には十代中ごろだが、実年齢は既に二十代後半だ。カサネの外見と実年齢のおかしさに人族が気づくのも時間の問題だ。
気がつかれる前に姿を眩ませる。そうすれば真実は闇の中だ。
 だからこそこれ以上王城に留まることも、エレテリカの傍にいることも叶わない。エレテリカを守ると決めた以上、エレテリカに自分が原因で被害を加えさせるわけにはいかない。

「それは、それは俺が王子だからか!?」
「王子……それは……」
「だったら俺は王子じゃなくてもいい」
「それは、そんなことは言わないでください!」
「いいや、お前がいてくれるなら俺は王子じゃなくてもいいんだ。だから何処にも行かないでくれ」
「……王子。私は……」
「何処にも行かないで、傍にいてくれカサネは俺にとって唯一の友達なんだ。例えカサネがそう思っていなかったとしても」

 あの時、カサネが側近として自分の前に現れてくれ以降エレテリカの世界は広がった。
 今まで『エレテリカ・イルト・デルフェニ』とは第三王位継承者であり、王位には尤も遠いい存在として周りから見向きもされなかった。邪魔だと判断され謀反にあったことも何度もある。その度に他人を信頼できなくなっていった。所詮、自分の身を守れるのは自分だけなのだと、諦めに近い感情を抱いていた。


- 311 -


[*前] | [次#]

TOP


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -