零の旋律 | ナノ

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「誰も死んでいなかったか」

 忌々しそうに重厚な声が響く。

「この声……」

 シェーリオルは内心舌うちをしたくなった。声だけで、それが誰だかわかったからだ。
 ヴィオラは心配していたわけではないが、カイラのように結界で身を守ることをしなかったアークとラディカルはどうした、と思って見渡すと、魔術師と同じフィールドに立っていた。
 何時の間に移動したのか、それとも魔術師の移動にならって自分もその場までいたのか、どちらかだろう。
 アークは後方に跳躍してヴィオラの隣に着地する。その手には魔術師が着ていたローブが握られていた。アークが移動したのを受けてラディカルも移動する。

「……」

 ツッコミを入れたい衝動をヴィオラは抑えて前方に集中すると、魔術師とは思えない、威圧感が漂う人物、そしてローブで姿を隠した人物が従者のようにつき従って現れた。

「おおっ!」
「輝きのお兄さん、何あの人が出てきた、玩具を与えられて喜ぶ子供のような表情しているんすか」
「はははっ、いやぁ、戦いたいなぁと」
「笑い声が不気味なお兄さん、ほんと生き生きとしすぎっす。怖いから止めて。そして何者っすか?」
「イ・ラルト帝国の王だよ。イ・ラルトを仕切っている王様さ」

 その正体を知らないラディカルへ向けてアークが気軽に答える。ローブがいつの間にか地面に落ち、手にはレイピアのような形状の短い剣が握られていた。
 武器らしい武器をアークが扱う、それだけで王の実力が知れる。

「って、なんでこんな所に来ているんっすか!?」
「そりゃ、武道派だからだろ?」

 アークの瞳は既に戦うことしか考えていないような――それでも根底には依頼があるが故に、抑えていたが――状態だった。

「まさか、帝国のしかも研究所ど真ん中に侵入されるとは予想外だったな。それにしても王子様が堂々と不法侵入とは、大それたことに出るもんだな」

 艶やかな漆黒の髪、強い意思を感じる緑の瞳。かなりの長身で190p以上はあるだろう。鍛え抜かれた身体はとても王族とは思えない威圧感を漂わせていた。手には大剣が握られている。僅かに赤を伴っていることから、大剣に付属している魔石と、斬撃を組み合わせて先刻の焔を生み出したのだろう。
 重厚な声色に、並大抵のものであれば竦んで動けないだろう。しかし、此処でもシェーリオルは飄々としていた。

「そりゃ、俺が適任だったからだ。帝国はいくらなんでもど真ん中に移動魔導でやってくる。なんてばかげた話想像していなかっただろう?」

 図星だった。それが一番襲撃しやすい方法であることには間違いないが、現実的な話ではない。
 リヴェルア王国に彼ほどの魔導師がいなければ成功することはない。そして――帝国はシェーリオルの実力を見誤っていただけのこと。

「それに、だ。俺たちが魔法封じの装置を壊せば別に俺――第二王位継承者が此処にいたって何ら問題はない。いや、結局のところ既にそう言ったやりとりをするべき段階はもう終わっているんだろうな、訪れることもなく」
「はっ、違いないな。お前たちがレスの魔術師と手を組んだ時に、話し合うべき段階は勝手に終了をした」
「……なぁルドベキアは一体何が目的だ?」
「ただの第二王位継承者で魔導師でしかないお前が、一国の王である俺の名前を呼び捨てにするか」
「同国の王様ならまだしも、敵国の王を、敵対している状態で敬称をつけるつもりも敬意を払うつもりもないよ」
「はっ、それは確かにな」

 イ・ラルト帝国、王ルドベキア・ラルトは大剣を構える。それと同時に不気味に輝きだす魔石から生みだす焔の龍が刃に纏い、灼熱の大剣となる。
 後方に控えていたローブの人物――軍師アネモネは杖を片手に“魔術”を詠唱する。儚くも美しき蝶のりんぷんを撒き散らすかの如く、舞、そして地面へ落下すると同時に青白い魔法陣を形成していく。

「ヴィオラ、お前は魔法封じを破壊することに集中しろ」

 シェーリオルの言葉に、ヴィオラは違和感が拭えないながらも頷いた。


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