零の旋律 | ナノ

帝国研究所


 幾重にも折り重なった黄金の魔法陣が突如として研究所の前に具現した。途端兵士たちは驚愕する。是は何事だと。
 雪が降る中現れた魔法陣は雪景色と合い重なって幻想的な風景を生み出す。淡く発光が残っていた魔法陣もその姿を消す。光が止むと現れたのは“人”だった。
 いち早く硬直が解けた兵士の一人が銃を発砲しようとするが、それよりも早く冷たい何かが顔に直撃する。雪だ。雪だと気がつくよりも早く胸に真っ赤な花弁を裂かせて倒れた。
 ただ、倒れる音だけがして、気がついた時には心臓を次々と打ち抜かれる。
 風が靡き、雪がことさら強く舞う。

「おい、リーシェ大丈夫か?」

 肩膝をついて、苦悶するシェーリオルに気がついたアークが声をかける。

「あぁ、大丈夫だ……」
「つーか、お前まじで王子かよ。大規模な移動魔導なんて普通一人で出来るもんじゃないだろう」

 ヴィオラは驚嘆の余り呆れていた。
 大規模移動魔導。そもそも移動術は上位に魔導師でさえも苦戦する超高等魔導だ。そして、大抵それを実行する際はマーキングをして戻る場所を指定してから実行する。
 しかし、ここは帝国の領土内だ。リヴェルア王国の王子であるシェーリオルにマーキングする手段はない。となると、それをしないで術を行使したことになる。
 それでも、短い距離であれば移動魔導が扱えるほどの魔導師であれば難しいことではない。
 しかしリヴェルア王国とイ・ラルト帝国の距離は船でも数日かかる程離れている。それをたった一人で成し遂げてしまったのだ。
 普通なら成功したところで魔導の負荷に耐えきれず術者は死んでいるだろう。

「いきなり乗り込んだ方が、相手の時間を与えないだろう?」

 さらりと言ってからシェーリオルは立ちあがる。

「確かに、そりゃそうだけど」

 事実、帝国へ魔物で乗り込むよりも遥かに効率がいいし、何より奇襲になる。

「じゃあ行くぞ。あぁでもあんま俺の魔導には期待するな」

 シェーリオルの表情こそは軽いものの心は真剣そのものだった。
 何せ、ピキリとシェーリオルが微かに感じ取れるほど僅かにだが、魔石にひびが入る音がしたのだ。恐らく魔導を乱発するほど魔石は耐えきれない。
 予備の魔石は幾つも所持しているから、それで簡単な魔導は扱えるだろう。しかし大規模な移動魔導を駆使するためには、ホクシアから貰った魔徒の魔石が必要不可欠だ。

「んじゃま、行くか」

 アークが研究所へ先陣を切って乗り込む。手には兵士から奪った銃が握られていた。ラディカルは雪玉のまま乗り込まなくて良かったと心底安心した。

「……侵入者が来ないように私とヒースリアで見張っていよう」
「わかった」

 ヒースリアは流石にこの場面では文句を言うことはしなかった。
 他の面々が研究所内に入った所でヒースリアは渋々コートを翻しながら白銀のマスケットに似た形状の銃を取り出す。

「たく、カイラと二人でも充分だったんじゃねぇのか?」
「それはそうだろうが、しかし狙撃する必要もない以上、遠距離から敵を打ち抜いていった方が効率的だ」
「敵が近くにいる以上、関係ねぇだろうが」
「知っている」
「なら、単に久々の共闘をしたかったとでも言えよ」

 ヒースリアは悪態をつきながらぞろぞろと湧いて出てきた兵士たちへ銃を片手で向ける。
 そして引き金を引いた。途端、兵士は倒れる。
 僅かに零れる光と共に、無数の銃がヒースリアの周りに出現した。
 ジギタリスは布で覆っているそれをぴんと指先で触れると途端布は渦を巻いて覆い隠していたそれを公にする。ヒースリアの持つ銃と似た形状のそれを。

「珍しいな」
「そりゃあ、数が数だ。此方の方が効率的だ」

 ジギタリスは口元に弧を描く。その頬笑みはヒースリアと酷似していた。
 片手で銃を持つと焦点を合わせたのかも怪しい速度で引き金を引く。そして兵士は倒れる。
 二人の無音が織りなす殺戮においては自分たちの“音”は不要。ただ、敵は音のないままに“気がついたら”殺されるのだ。
 それが『無音』の名の意味。音無くして対象を殺す殺し屋の名称だ。


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