零の旋律 | ナノ

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 指定された屋上で、カサネが用意した狙撃銃をヒースリアは間隔を確かめるように弄っている傍でジギタリスも同様のことをしていた。ジギタリスの足首まである長い銀髪は頭上でお団子にした後、余った髪をたらしている。

「私と組むのは甚だ不安だという顔だな」
「……そりゃな。それにしても意外だ、お前は俺を殺しにくると思っていたけどな」

 それは過去の話。ヒースリアが執事をするより以前で、ジギタリスがアルベルズ王国へ渡るより以前の話だ。

「それは私とて同じことだ。私が生きていることは知っていただろう? どうして殺しにこなかった」

 “あの時”以降二人は顔を合わせることはしなかった。

「俺が欲しかったのは『無音』だったからな。奪った以上、それ以上は興味がなかった――お前が生きていようが、いまいが」
「ならば何故、私から奪った無音を安々と捨てた? ヒースリア・ルミナスなどという偽名を使ってまで、過去の痕跡を消したのだ――? リテイヴ」

 ヒースリア、その名前が定着してから呼ばれることが殆どない本名を呼ばれ、不思議な気持ちになった。この女は何時だってそうだ、と思う。見透かしたような口ぶりは事実見透かしていなかったためしがない。心まで読みとられているような気分になる。けれど、それは決して不快ではないから不思議だった。

「どんな経緯であれ、アークにその名を呼ばれたくなかったからだ。捨てたわけじゃない、けど――手にしたら固執するものではなかった、そう思えただけだ」
「それは私にもわかる。尤も私の場合は殺してしまっているのだが、それに私の場合は奪われた後に気がついたのだがな」
「手にしないと、そして失わないとわからないってことだな」
「そういうことなのだろう。全くもって、血の歴史しか築かないものだな」
「そりゃ、それが普通だったんだから仕方ないだろう。『無音』の名前はそもそも奪うものだ、血で血を洗い手に入れるものでしかない」
「そうだな、それが過去から現在まで続いてきたロアハイトの歴史だ。……さて、そろそろ準備をするか」

 狙撃するのに丁度いい位置に狙撃銃を配置する。

「……アンタは何故今回のことに応じた?」

 まだ合図は上がらない。会話をする余裕はあった。集中するのは一瞬で構わない。後は適度に気を抜いていればいいのだ。肝心なところで集中が途切れては元も子もない。

「ただの気まぐれだ。リヴェルアにはもう二度と足を踏み入れないと思っていたから、私としても不思議な心境だが――もしかしたらチャンスだと思ったのかもしれないな」
「チャンス?」
「お前の真意を確かめるチャンスと」
「……ご期待には添えたか?」
「添えたかどうかは私が判断するところではないだろう。だが、此処に来たことを私は後悔していない。それだけで問題ないだろう」
「お前が判断することだろうが、それは」

 ヒースリアは苦笑する。ジギタリスは何時だってそうだったと、間近でずっと知っている。ジギタリスと一緒に行動をしているというカイラ以上に、ヒースリアはジギタリスのことを知っているし、またジギタリスもアーク以上にヒースリア、否リテイヴのことを知っている。
 その時、場違いな花火が打ち上げられた。その意味を魔術師はたちどころに意味するだろうが、しかし構わなかった。それは一斉に出す合図なのだから。
 花火の華が開いてから、二秒後に銃弾を発射する。二秒数えるまでもない。感覚でわかる。経験で知っている。

「外すなよ――姉さん」
「お前こそ」

 最期に軽口を叩いて、二人は引き金を引いた。


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