零の旋律 | ナノ

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 ヒースリアは足を滑るような動作で、移動すると同時に白銀の拳銃を発砲させる――傍目にはただ、引き金をひいただけにしか見えない。だが、次の瞬間、ローブの人物が胸を赤く染めて倒れる。倒れた音だけが、殺されたことを示しているようだった。刃と刃が激突し火花を散らし、血しぶきが噴水のように舞、悲鳴が彩り街中を異質な空間へと作り変える。
 ホクシアが華麗に振るう刀捌きは魅入ってしまうような可憐さと過激さがあった。容赦のしない一振りはたちどころに当たりを血の海へ変貌させる。その中で悠然と立ち尽くす姿は凛として輝く。華奢な少女の身体が、持つには不釣り合いの刀、その組み合わせがより一層刃を洗練させている。
 大半の者は武器を所持し、魔導が使えないが故に魔導を使ってくることはなかった。
だが、状況を不利だと判断したのか――その中に紛れていた一人の魔術師が突然魔術を放った。それは真っ直ぐにエレテリカに向かっていく。

「なっ!」

 反応しようとしたが遅い。しかし、咄嗟の魔術だったのが救いだ。仮に食らっても致命傷は免れられる。是がシェーリオル程の熟練した魔導師の術であれば命取りになるが故に、その威力で済んだことは幸運だとエレテリカは受け身の態勢へ切り替える。広範囲に及ぶ魔術は下手に回避をとるよりも最小限の怪我で済む方を選んだほうが効率的だと冷静に結論を導き出していた。だが、その判断が誤っていたことに彼はすぐに気がつく。
 魔術が直撃する寸前――雷鳴が籠った轟く魔術とエレテリカの間に身を投げてくる人物がいた。オレンジ色の髪と、ボアのついた古代紫色のジャンバーを羽織った少年。後姿でもそれが誰だかは一目でわかる。
 広範囲に及ぶ魔術だからこそエレテリカは避けず、また少年が割り込んでくることが――可能だった。

「カサネ――!」

 その姿を見間違えようがない。何年も傍らにいたのだ。
 傍らからいなくなった喪失感が蘇って来て溢れだしそうになった涙を必死に抑える。

「カサネ!」

 膝をついて。肩を抑える。カサネは相手の魔術をエレテリカの盾としてくらったのだ。
 血が流れるそれは痛々しい、それでもカサネはすぐに立ち上がった。右手には鎖がついたナイフを握り、炯炯とした瞳を相手へ向ける。

「王子に、何をするつもりですか――」

 背筋を凍らせるような声色、残酷なまでの笑みはアークが時折見せるそれに、酷く似ていた。

「カサネ、大丈夫!?」

 エレテリカはレイピアを落としても構わない勢いで、カサネに近づく。怪我は見た目通り決して軽いものではなかった。最低限の怪我で済むように受け身の態勢を取っていたエレテリカとは違う。カサネは大怪我をしようと――死んだとしても――エレテリカを守るために身を投げたのだ。

「王子……大丈夫ですよ」

 何時も通りのエレテリカにだけ見せる優しい笑顔が心に痛い。
 そんなことをしてまで、取り繕わなくても構わないのに、と叫んでしまいたくなる。

「私の怪我なんかより、まずは王子に不貞を働く輩を始末しなければなりませんね」

 突然現れたカサネに誰も動揺することなく――むしろヒースリアは舌打ちをしていた。
 乱戦と化した場だが、状況が不利になったと悟ると否や、魔術師だけはすぐに逃亡した。
 魔術師が逃亡したことに一瞬兵士たちに動揺が走る。その隙を見逃して上げる程彼らは親切ではない。あっと言う間に屍が道を埋める。


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