U 「で、主への依頼ですよね? そこで待っていれば勝手に帰って気ますよ」 指を差された先には他の扉とは違い、飾りがつけられている扉があった。 「お茶は出しませんが」 メイドと同じことを言われる。 「お前ら、本当にメイドと執事か?」 「えぇ、そうですよ」 「料理人に見えますですか?」 「見えないが……」 「あ、ちなみに料理人は募集中ですので。料理上手ならレインドフに住み着いては如何ですか」 主のいない所で料理が出来るか不明な男に対してとりあえず勧誘だけしておくメイドの物言いに、執事と同類の気配を感じ取った――恐らくは主に対しても同じ扱いをするという同類の。 「俺は料理が苦手だ。仮に得意だったとしてもこんな所で働きたくはない。第一魔族を雇うとするな」 「魔族だと料理が苦手だという法則でもあるからですか?」 見当違いのことを恐らくは素でいってくるメイドに対してサネシスは反応に困る。毒ばかりな執事も困るが、このメイドも相当性格がずれている。 「そんな法則はない。……普通は魔族なんて雇おうと思わないだろ」 「でも、そんな魔族が人族に依頼をしようとしている時点で御相子じゃないですか。貴方も充分変な人ですよー」 「……」 それを言われればその通りなのだが、何か納得が出来ない。渋る顔を知ってか知らずか、リアトリスはサネシスの背中を押して部屋の中に押し込んだ。 「そこで待っていれば何れきますですよー。ではではー」 暫く待っても本当にお茶が出てくることはなかった。すぐに手持無沙汰になったサネシスは扉を開けると、エントランスホールでリアトリスが箒を振り回して遊んでいた。 ――仕事しろよ 悪態をつきながら視線を送ると 「なんですかー?」 すぐにリアトリスはサネシスに気がついて声をかける。 「いや……ヒースリアって何者か知っているか?」 「んん?」 やや首を傾げてから合点がいったのか、あぁと笑う。 「ヒースリア・ルミナスが何者か気になって調べたけど、何も出てこなかったってことですね」 「……あぁ」 お前は素でボケるのか、態とボケているのかどちらなんだと喉まで出かかった言葉を押し込めて頷く。そうしないと会話が続かない気がしたから。そしてその判断は正しい。 「無理もないですよー。ヒースリア・ルミナスは主がつけた偽名なんですからー」 「本名は?」 「そこまでしてヒースの素性を知ることに何の意味があるのですか?」 「……それは」 「ただの好奇心でしかないのでしたら、知ることに意味はないですよ。それとも――彼に依頼でもしたいのですか? 多分引き受けませんよ。今の彼はヒースリア・ルミナスなのですから」 正直に告白すれば、その時サネシスはぞっとした。相変わらずリアトリスは楽しそうに笑っている。なのに、その笑いの裏側は酷く冷めている――そんな印象を受け取ってしまった。 「……」 「どうしたのですかー?」 喜怒哀楽の楽しか知らないようなそんな表情なのに、その内面は全く別の感情を宿していると思えてならなかった。淡々としていて冷めていると、どうしてだか感じ取った。だからこその無言だ。 しかし当の本人は気が付いていないのか――否、気がついていても恐らくは同じ表情をした――きょとんと首を傾げている。 「いいや、なんでもない。わかった。ヒースリアにはそれ以上触れないでおこう」 「それがいいですよ―。第一、人族社会での呼び名なんて、魔族社会では大した意味なんて持たないでしょう」 「そうだな」 サネシスは不敵な笑みを浮かべる。それはリアトリスという人族に対する敵対心が消えた瞬間だった。 程なくして、リアトリスの宣言通りアーク・レインドフは依頼を遂行して帰宅した。 魔族の依頼人が来ていることをリアトリスが告げると、アークは不思議な顔をして扉を開けて中に入ってきた。 [*前] | [次#] TOP |