零の旋律 | ナノ

魔族同盟


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 執事のヒースリアが酔っぱらった翌日の昼、どん、と乱雑に扉が開く音がする。そしてそのまま勢いをつけて扉は閉められた。エントランスを掃除していたリアトリスは突然の来訪者にやや目を丸くした。

「依頼ですかー?」
「……アークは?」
「主なら仕事中ですよー。どっかに行きました。朝起きたらいませんでしたし。まぁ――予感ですけど、すぐに仕事片付けてきますと思いますよ。お茶は出しませんが待っていますかー?」

 無遠慮なものいいに、金の瞳を隠すことなく晒した来訪者――サネシスは肩透かしを食らった。
 都市クセルシアで一時的に手を組んだアーク・レインドフとヒースリア・ルミナスが何者なのか、クセルシアを支配しているケセト・ユハースを殺害した後に調べた。
 難航するかと思えたが、レインドフの方はすぐに判明した。
 しかし、ヒースリアの方はいくら調べても情報らしい情報が見つからなかった。サネシスの調べ方が悪くなければ偽名だ。
 レインドフ家は貴族でもあるという、ならば使用人を沢山雇っているだろう思いながら屋敷に足を踏み入れたが、広さの割に、人は見かけない。入口に警備員もいなかった。扉を開けて初めてメイドと思しき人物――それにしては慇懃無礼だが――と出会った。
 しかも、そのメイドは明らかに魔族である自分に対して、特に感情を抱いていないようだった。
 レインドフ家は全員がそうなのか、反応に困るというものだ。

「……お前は何も思わないのか?」
「ほへ? 何かありましたか? ……是でも人の顔を覚えるのは得意な方なのですが、出会ったことありましたっけ?」
「……いや、何でもない」

 わざとではなく素で魔族をなんとも思っていない。

「お姉ちゃん、お客さん……?」

 そこへ、メイドと瓜二つの少女――此方もメイドだろう、が階段から降りてきた。ふんわりとしたロングスカートにお下げの髪型はおとなしい印象を与える。
こちらの方のメイドは、金色の瞳を見てややびっくりしたようだった。その様子にサネシスは逆に安心する。その反応が普通だ。

「主に用みたいですよー。ヒース呼んできてもらえますかー?」
「うん、わかった」

 てこてこといった表現が似合うような動作でカトレアはヒースリアの自室へ向かう。

「じゃあ、此方へどぞー」
「……俺が物騒だからか? あの執事を呼んだのは」
「物騒じゃない人はこのレインドフに来ると思っているのですか?」
「いや、まぁそりゃそうか」
「変な人ですねぇ。まぁでもレインドフに来る物騒な人の中では、物騒ランキング上位に入りそうですけど」
「俺が魔族だからか?」
「それ以外に何かありますですか?」

 臆することのない物言いにサネシスは反応に困った。
 その時、階段から殆ど足音を立てないでヒースリアが降りてきた。

「あぁ、貴方ですか。カトレアが魔族のお客さんが来たっていうから何事かと思いましたよ」
「顔、覚えていたんだ」

 この執事なら素で忘れていましたと言いそうな予感がしていたため、僅かに驚く。

「人の顔を覚えるのが得意ですので、苦手な輩とひとくくりにしないでください」
「そ、そうか」
「それにしても主に用とは、魔族はついに自分たちの手で何かするだけでなく人族の手まで狩りだすとは、猫の手も借りたい状況なのですか?」
「お前、本当に毒執事だな」
「何を言っているのですか、毒殺は趣味ではありません」
「……そうなのか」

 この執事なら毒殺が趣味でも不思議ではないと思っていた予想が外れた。

「まぁ苦しみもがく姿は見ていて楽しいかもしれませんが、しかし勝手にいなくなるのは詰まらないじゃないですか」
「アンタ、本当にいいサディストになれるよ……」

 どうしてこんな性格の執事がいるのか酷く不思議だ。


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