零の旋律 | ナノ

軍師約束


+++
 目が覚めた時、そこは見知らぬ空間だった。視界が徐々に輪郭を持ち始めてきたので、痛む身体を無理矢理起こし、赤紫の髪を触って髪の一部を耳にかける。
 そこは白い異質な部屋だった。ベッドが置かれてあり、ベッドから少し離れた戸棚には包帯が並んでいるのが見える。そこまでであれば物静かな部屋でしかなかった。
 しかし異質なのはベッドを中心として、燭台が円を描くように均等に並び、燭台の上には蝋燭はなく、代わりに白の灯りが灯っており、それらは細い縁を描くように次の燭台にある白の灯りと連結して六方星を頭上で描いていることだ。

「何だ、これは……?」

 ベッドから降りて視界を床に移すと、床には赤の魔法陣が描かれている。その時、奥にある扉が開いた。

「おや。目覚めたのですね、調子はどうですか?」

 丁寧な言葉で問いかけてくる人物は、一目では男か女か判断が難しい程中性的な容貌をしていた。桜色の髪は緩いウェーブを描きながら太股まである。服装は黒のローブを纏っていた。何より特徴的なのはその頬にいられている焼印だろう。

「改めて自己紹介しますね。私はイ・ラルト帝国で軍師をしているアネモネと申します。貴方に用があって、無理矢理あの場から助け出させて頂きました」

 調子の返答は問わず、その人物――アネモネは名前を名乗った。

「ノハ・ティクス。貴方に協力してもらいたいことがあるんですよ」

 ベッドから降りた人物――ノハは、その返答をどうすればいいか眼光を鋭くしてアネモネと名乗った人物を見定めようとする。その時、ふと違和感を覚えた。動いている身体は、確かに痛みがある。しかし普段より痛みが少ないのだ。毒か、と思うよりも早くこの魔法陣と燭台の灯りが原因だと推測出来た。

「僕に協力? 昔の僕ならば実力があったから雇っても損はしないだろうけど、今はご覧のあり様だ、一体何を求めると言うんだ」

 あの時、レインドフの面々と刃を交えたのが、もしも怪我をする前の万全な状態であればもっと奮闘することは叶っただろう。怪我を言い訳にするわけではないが、怪我をする前と比べて弱くなっていることだけは紛れもない事実だった。

「私にとって都合がいいんですよ、貴方は表では当然死んだことになっている。裏社会においても貴方は死んだことになっている、そう――レインドフによって殺されたことになっている貴方は、まさしく“生きている”と危惧されない存在。私はそう言った人を求めていたんですよ」
「……帝国のためにか?」
「いいえ、私のためにです。……私は公に色々と仕出かすわけにはいかない立場なものでして、“生きている”人を雇うわけにはいかないのですよ。かつ時間がない。そんな中貴方という存在を偶然見つけました。“死んでいると思われている”貴方がいいのです。怪我のことに関しては出来る限り私が治療しますよ」

 アネモネはそう言って燭台を指差した。
 ――やはり、こいつの術か。

「ふーん。でも僕の怪我はそこいらの治癒術師が治せるほど軽い怪我じゃないが?」
「貴方の身体を見ればそれくらいわかりますよ。尤も、いくら治そうとも右目等はいくら私が怪我を治しても再び光を灯すようにはなりません。けれど怪我は私の治癒術である程度まで完治させることは可能ですよ」
「へぇ軍師アネモネ。何者だ?」
「何、ただの『魔術師』です。どうです? 貴方が私の右腕として動くと“約束”してくれるのであれば、私は私の魔術を用いて貴方の怪我を可能な限り治します」

 それは取引。しかしノハは無性に可笑しい気分だった。
 ――約束ね
 本来ノハはその取引を飲むつもりはなかった。しかし気が変わった。
 アネモネは昔ノハが持ちかけた“約束”知る筈がない。それなのに、偶然とはいえその単語が取引ではなく約束だった。だから――

「いいよ。約束を君が守るなら僕は君の約束を守ろう」

 一つの約束を結んだ。



- 263 -


[*前] | [次#]

TOP


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -