零の旋律 | ナノ

現在の時


+++
「ノハ」

 リアトリスに短く名前を呼ばれた、それだけで笑いがこみあげてくる。
 何時だってリアトリスが大切に思うのはカトレア一人だと思い知らせてくれる。
 以前、リアトリスが裏切った時――よりも遥かに状況は悪かった。
 此方は怪我を負い、かつてのような動きが出来ない。それだけでも不利なのに、それに加えレインドフ側には無音の殺し屋までいる。ノハは自嘲した。

「まぁ……それでも、此処までやったからには何もしないわけにはいかない」

 ふと、雇った最期の一人――魔導師は何処へ行ったか、なんて疑問が過ったがどうでもよかった。逃げたのならば、もし生き延びられたらその時に殺せばいいだけだ。尤も生き延びられる可能性は限りなく零に等しいと判断していた。逃げるにしても怪我を負った身では逃げきることは叶わないだろう。
 ――勝てないのなら、せめて一人くらい道ずれにするか? それくらいなら可能性もあるだろう
 適切な距離を取るために歩むだけで足からは血が流れ、怪我を負わされたわけでもないのに地面を赤く染める。
 ――全く持って痛いな。
 ノハは両手に銃剣を構える。

「勝てると思っているのか?」

 ヒースリアは怪訝そうに眉を顰める。三対一でしかも相手は怪我を負っている。それでも瞳には諦めも逃走の意思もなかった。

「さーな。どっちにしてもこのまま逃げるつもりはないし。逃げられるとも僕は思っていない」

 連射する。引き金を引いた反動で右手から激痛が伝わってくる。本来ならば右手に銃を握るだけでも、その重さで痛いのだ。発砲する衝撃で腕から血が滴る。それでも左手だけで戦うよりかは勝率が聊か高かった。
 ノハは痛みを我慢しながら動く。ノハが動いた後の道には血の跡が出来る。
 ヒースリアが引き金を引くと、銃弾が発射される――音がしないそれは引き金が引いたことを視認しなければ普段以上に交わすのは困難だろう。交わしきれなかったノハの右腕に着弾する。
 リアトリスの槍が猛威を振るう。ノハは極力左手の銃剣で対処するが、反対側からアークが襲ってくるから、必然右手で対処する羽目になった。
 後退して避けようとところに狙いを済ませたように銃弾が足首を貫く。
 肩膝をつくよりも早く槍が迫ってくる、ノハは痛みを唇で噛みしめて後方へ飛んだ。

「はぁはぁ」

 ――嫌になる、ちょっと動いただけでこれとは。全く僕の身体も随分と脆くなったものだ。
 ノハはそれでも動いた。太股を花弁が勢いよく掠めて血しぶきが舞った。
 ヒースリアの銃弾を交わすとアークの刃が襲いかかってくる。銃剣でガードするとアークの力によって怪我した個所が力に耐え切れずに傷口が開く。

「ああああっ――」

 ノハの肩から腹部へ向けてリアトリスの槍が切り込んできた。後退して両膝をつく。 そこへ狙いを定めたようにヒースリアの銃弾が無情にも発砲された――。しかし、それがノハを貫くことはなかった。銃弾が襲いかかった瞬間、ノハを守るように足元には白い魔法陣が具現すると同時に光が周囲を覆い結界となりて、ヒースリアの銃弾を弾いたのだ。

「どういうことだ?」

 ノハが魔導を駆使した様子はなかった。しかし答えはすぐに見つかる。魔法陣の中にもう一つの魔法陣が浮かんだと同時にローブに身を包んだ人物が姿を現したのだ。

「あっ――!」

 シャーロアが声を上げる。あの魔導師には見覚えがあった。カトレアを襲いに来た時にいた一人だ。

「……何を」

 肩膝をつき、ノハは息を荒くしながら問う。何故今頃になってこの魔導師がやってきたのか理解できなかった。そして――何故ノハを守ったのかも不明だ。

「あれ? お前って!」

 シャーロアだけでなく見覚えがあったアークが今度は声を上げた。

「どうしたんですか、馬鹿主。叫ばないと死にます病にかかりましたか?」
「違うだろ!」

 ヒースリアがいつもの口調でアークを罵っている間に魔法陣の光がより一層強くなった。

「――どういうことだ?」

 アークが疑問を挟むよりも早く、魔導師とノハはその場から姿を消した。


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