零の旋律 | ナノ

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「あっ――!」

 リアトリスは地面へ倒れる、その衝撃で身体を打った。すぐに起き上がろうとするがアークはそうはさせまいとリアトリスの上に乗った。

「なっ……!」

 刃がリアトリスの首を刺そうと襲いかかってくる。辛うじて動く首の位置をずらして交わす。短剣が地面に突き刺さる。起き上がれない以上、勝ち目はない。
 リアトリスの身体は既に無数の傷だらけだった。勿論アークとて無傷ではないが、それでも武器を無くしたリアトリスがアークへ決定打を与えることは叶わなかった。
 あちらこちらが痛む。リアトリスはあがきたくても足掻けない。
 この始末屋は自分を殺した後、カトレアを殺すだろう。そう思うだけで涙が溢れてきそうだった。けれど、泣かない。始末屋に涙なんて見せたくはなかった。
 リアトリスは死を覚悟したがいつまでたっても刃が襲ってくることはなかった。

「なぁ、あのカトレアって子、大切なんだろ?」
「……そうよ」
「ふーん」

 企んでいる笑顔が憎かった。もしかしたら始末屋は甚振って対象を殺すのが趣味なのだろうが――仲間を殺した様子からそうは思えないが――その可能性は避けたかった。自分がそうされるのは構わない、しかしカトレアは別だ。

「……ねぇ始末屋」
「何だ」

 ――もしも、この始末屋に交渉が出来るのならば
 リアトリスにとって大切なのはカトレアただ一人だけ。

「何でもするから、カトレアだけは助けてくれない」

 負けた以上、カトレアを守ってあげることは出来ない。でも、この命を差し出してカトレアを守ってあげることがもしも可能なら――いくらでも捧げる。

「何でも、ねぇ」

 アークの顔が不敵に微笑んだ。悪魔すら裸足で逃げ出しても不思議ではないその笑み。

「そうよ、何でもするわ」
「本当に何でも、か?」

 手が、太股に触れた。

「何でもか?」

 繰り返される言葉。

「何でもよ」

 リアトリスの強固な瞳に、アークは満足げな顔をする。

「わかった。よしじゃあメイドになれ」

 予想外の言葉と共に唇に触れる何か――唇だ。

「は?」

 リアトリスは思わず呆然とする。キスをされたことよりも、何よりも「メイドになれ」という言葉の意味が理解出来なかった。

「だからメイドになれ。何でもするんだろ?」
「……どういうこと?」

 勿論、何でもはする。その覚悟は揺らいでいない例え何を――どんな残酷なことを要求されたとしてもだ。だが、流石にメイドになれと言われるのは予想外過ぎた。

「いやぁ、実はさ、この間うっかりメイドを殺しちゃって。メイドを探していた所なんだよ」
「何それ、馬鹿じゃないの」
「よくやるんだよな。その点、お前なら俺が“うっかり殺す”ことはないだろ?」
「まぁ殺されるわけないけど」
「ついでだし、カトレアと一緒にメイドにでもなれよ」
「カトレアをうっかり殺すなんてことは……」
「ない。それじゃ約束を破るだろ。つーか、俺がうっかり殺すのは戦闘の心得がある奴だけだ、素人にまで見境なく殺しにはかからないよ」
「成程……わかった」

 リアトリスの了承と共にアークはリアトリスからどいた。カトレアと是からも一緒にいられるのであればメイドだろうがなんだろうが構わなかった。
 ただ、カトレアを守れればそれで良かった。未だ気絶しているカトレアの横顔をリアトリスは眺める。九死に一生を得た気分だった。


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