零の旋律 | ナノ

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 リアトリスがgXになっても相変わらずカトレアは部屋にいた。尤も、カトレアとリアトリスが連れてこられた当初の牢獄のような無機質な場所とは打って変わって、多少なりと温かみのある部屋へと変わっていた。部屋には本棚もあり、そこにはノハが持ってきた本がずらりと並んでいる。植物大辞典を見てから、カトレアが花に興味を示していることを知ったノハはそれから季節の花、花言葉辞典などを渡すことが増えた。それでもノハが持ってくる本は相変わらず分厚かった。

「カトレア、ちょっとこい」

 その日は、リアトリスも仕事はなく、部屋で寛いでいた時だ。久々の姉妹水入らずを邪魔されたことでリアトリスはノハを睨みつけるが、ノハは苦笑しただけで軽く流す。

「あとリア。仕事だ」
「酷い。折角のカトレアとの憩いの時間だったのに」
「まっ、休みはまた別の日に回してくれるとさ」
「わかったよ」

 文句を言いながらもリアトリスは組織の命令には逆らわない。それはカトレアが安全でいるための約束だ。
 だが、そこで気がつく。普段なら呼ばれることのないカトレアが呼ばれたことに。

「ちょ! どういうこと!?」
「安心しろ。ちょっとリアも一緒に着ていいから。このまま部屋にいたって暇だろ」

 それは、それで今さら過ぎることだった。一体此処に来てから何年が過ぎていると思っているのだろうが――リアトリスはそう思いながらも、ノハが他の暗殺者よりも大分ずれていることは今さらなので反論はしない。ノハに従ってついていくと、向かった先は医務室だった。

「おーい先生、いるか?」
「おお、いるが」

 そこには、初老付近とは思えないほど鍛えられた身体が服の上からでもわかる白衣を着た人物がいた。彼こそ、カナリーグラスで医療を担当する医師であった。リアトリスも何度かお世話になったことがある。

「カトレア、此処で医療の手伝いでもしないか?」
「なっ!」

 突然の申し出に驚いたのはリアトリスだ。講義しようとするリアトリスを制して、ノハは医師へ言葉を続ける。

「先日、助手が足りないって言っていただろ? どうだ」

 まだ年若い少女を紹介されて、医師は目を見開いていたが、すぐに老人独特の優しい笑顔をカトレアへ向けた。

「私は構わないよ」
「どうする、カトレア。別に断ったって何だ問題はないし、別に重傷とかそういった奴らの手伝いはさせない。軽い擦り傷とか病気に来たやつらの手伝いだけをすればいい」
「お願いします」
「カトレア!?」

 まさかカトレアが承諾するとは思わなかったリアトリスはカトレアを止めようと手を伸ばすが、しかし、そこで思い留まる。部屋で軟禁されているような生活を続けるよりは少しでも組織内の施設とは言え、移動した方が気分転換になるのではないか、そんな思いがよぎったのだ。
 それにノハの言葉通りであれば、凄惨な怪我や場面に関することにはカトレアを使わないという。それならば構わないのではないか――と、ノハは此方が約束を破らない限り、約束を守る男だ。今まで、何年もノハと行動を共にしている自分が、そして組織で生き続けているカトレアがそれを証明している。

「よし。決まり。カトレアとリアは先に部屋へ戻っていろ。先生と少し話してから行く。そのあとリアは仕事だ」
「わかったよ」
「カトレアは色々準備で揃えたりするから今日一日は部屋にいろ。明日から手伝ってもらうことにするから」
「うん」

 手を繋いで二人が部屋から出て行くのを確認してから、ノハは医師へ笑みを浮かべながら告げる。

「というわけだ、頼んだよ」
「あぁ、しかし意外だなぁ、この場所に血の匂いをさせない少女がいるなんて思わなかった」
「意外だろ? カトレアに血なまぐさい場面は見せさせるなよ。あくまで簡単な手伝いだけだ。それと誰かがカトレアに指一本触れて怪我でもさせてみろ――そいつは殺すからな」
「はいはい、わかっているよ」
「なら、頼んだよ。気分転換にはなるだろう」
「相変わらずノハ、は面倒見がいいんだな」
「は? 何を言っているんだ。僕が面倒見いいとかそんなはずはないだろう」

 冗談も程々にしろよ、そうノハは言ってその場を後にした。
 そうして、カトレアは暫くの間、医療の手伝いをすることになった。


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