V 果たして――ノハの企みは的中した。 リアトリスは一人でさえ厳しい訓練を――何人もの同期が脱落していく中、二人分を確実にこなしていた。それを遠目からノハは笑みを浮かべながら眺めていた。 「おねえちゃ……」 その間、カトレアは部屋で一人だった。カトレアはリアトリスが約束を守っている限り、訓練にも実践にも出されることはなかった。部屋に戻ってくるリアトリスはくたくたに疲れていてすぐにでも本当はベッドに倒れて睡眠を貪って休息したいはずなのに―― 「ただいま」 カトレアに毎回満面の笑顔を向けて、何事もなかったかのように振舞う。疲れも、痛みも忘れて。それがカトレアには酷く辛かった。何も出来ない自分が忌々しかった。 「リアトリス、行くぞ」 「わかっているよ」 部屋へ時々ノハがやってきて、リアトリスを連れていく。実践訓練だとノハは言っていた。 そして、ノハが部屋にやってくるときは高確率で手に分厚い本を持っていた。 「ほい、カトレア、これでも読んで暇つぶしでもしておけ」 「うん、有難う」 ノハは変わっていると双子は常々感じていた。リアトリスとの約束があるからか、ノハはカトレアも気にかけていた。そして、部屋の中に毎日いるカトレアに対して本を時々差し入れる。しかし、その本の選別の仕方が聊かずれていた。今回手に持っているのは植物百科事典だ。その前は夢占い大辞典だった。ノハいわく、分厚い方が長時間暇を潰せるから、だそうだ。 だが、ノハが本を持ってきてくれるお蔭で、カトレアは本に没頭することが出来た。何もしないで待っている方が辛い。何時か――姉が此処へ戻ってこないのではないかと不安に襲われるから。 そんな不安をよそに――不安にさせまいと、姉は殺害場面において、戦闘場面において殆ど怪我を負うことはなかった。異例ともいえる実力をめきめきとつけていく様子に、ノハはあの時の約束が正しかったことを悟る。 カトレアの安全と引き換えに、リアトリスが死地へ赴き任務を達成する。同期の中でも飛びぬけて高い実力を身に付けたのはひとえにカトレアという存在がいたからだ。 その頃、ノハはすでにgUの位にまで上り詰めていた。 それから暫くして、人気のない場所へリアトリスを呼びだす。 「ノハ、何?」 薄暗い場所は無機質で冷たい。足音が反響して響く。ノハ、そう呼び捨てにすることに一部の暗殺者は眉を顰めた。上司であり、実力もトップクラスのノハを呼び捨てにするなんて礼儀知らずだと、だが誰もそれを口に出すことはしなかった。何故ならば当の本人が全く気にも止めていないのだ。 「ほい」 暗がりでノハの姿は見えにくいが、それでもノハが何かを此方へ投げてきたのは視界でわかるし、わからなかったとしても気配でわかる。リアトリスはそれを受け取る。棒のような肌触りと長さ。 それは槍だった。しかし、槍にしては聊か飾りが物騒だった。槍の形状をしているが、そこには花弁が無数に連結し、鞭のような形状の刃がある。 「何これ」 「プレゼント」 端的に告げるノハに、リアトリスは首を傾げる。プレゼントをされる覚えはないと。 「いやぁ、僕も結構異例な部類に入っていたけど、リアはそれ以上だよね。今日から『カナリーグラス』のgXだ。そのプレゼント。ちょっと変わった槍だから、その使い心地を試してほしいと思って」 だからこそ、人気のない場所だったのかとリアトリスは納得する。触り心地を確かめるように、槍の全体を指先で謎ってから、頭上で振り回す。花弁の扱いには慣れるまで 下手に振り回すと自滅するなとリアトリスは花弁の動きを目で追いながら思う。 だが、しかし不思議なほどしっくりと手に馴染んだ。直感した、慣れれば最高の相棒になると。 「有難う」 「どーいたしました」 槍は分解して持ち運ぶことも可能だった。棒の部分を短く畳むだけだから、使う時も一瞬で連結出来るし、刀を鞘から抜くのと変わらない動作で武器を構えられた。 [*前] | [次#] TOP |