零の旋律 | ナノ

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 男が背後に気配を感じた時には既に手遅れだった。背後に気配を感じた、だが足音何一つ“音”がしなかった――何故だ、疑問が過るよりも早く男の頭を銃弾が通過した。男が倒れるよりも早く、その人物はカトレアの腕を引っ張って自分の方へ引き寄せた。

「な――!?」

 そのことに一番驚いたのは、果たして――ノハだった。
 何故ならば、そこには死んだと噂されていた人物が優美に立っていたからだ。靡く銀髪はポニーテールで纏められている。絵画の世界にいそうな整った顔立ち、ルビーのような瞳は射抜かれただけで、この世の終わりを思わせるほどに冷たい。白と赤を基準にした服装を纏い、その人物――ヒースリア・ルミナスはカトレアを助け出していた。

「何故――!? “無音の殺し屋”がこの場にいる!?」

 驚愕するより他なかった。ノハのターゲットはリアトリスとアークだけだった。レインドフ邸の執事がいることは知っているが、その姿を直接目にしたわけではないが故に、ノハは知らなかった――ヒースリア・ルミナスが、自分たちと同種の存在であることを。それが致命的なミスだった。
 ハイリはヒースリアの佇まいに、普段と同じ服を着ているのに、纏う雰囲気が違うだけで全く別の人物のように思えてならなかった。

「さぁ、そんなことは関係ないだろう?」
「ちっ……!」

 ノハは素早く身を翻すと先ほどまでアークに対して刃が向いていたはずの鞭の花弁が、自分がいた場所の地面を抉っていた。
 カトレアはリアトリスを操るための人質であり道具であった。
 だからこそ、カトレアが奪還された以上、リアトリスが自分に従うこともまた――ないのであった。

「やっぱ。こいつのことは知らなかったんだな」

 アークの視線はヒースリアへ向く。彼らが別行動をしたその理由はこのためだった。最初から一緒に行動をすれば、ノハはヒースリアの存在に気がつき警戒される恐れがあった。
 だが、最初から一緒にいなければ気がつかれる心配もない。そうなれば忍び寄ってカトレアを奪還するだけ。そうすればリアトリスと殺し合う理由もなくなる。

「……知る筈がないだろうが……なら、そういうことか」

 ノハの中で一つ合点がいく。それは半分当たりで半分外れだったが、それをノハが知るよしもない。居場所がばれるまでの時間が予想よりも早かった。待ち構えていたのは、ノハの扱った魔導が来訪者を告げたからだ。勿論アークはそんな感知魔導に気がついていたが、堂々とし歩みを止めることはなかった。だが、無音の殺し屋が仲間であったのならば、この場所まで到達する時間が短いことにも納得出来た。ノハは裏社会で生き残るために必要なのは実力も勿論のこと運も重要だと考えている。そして、ノハと今しがた殺された男は偶々運が良く、同時に運もなかった。
 何故ならばノハが雇った八人は悉く無残に殺されていた。明らかに情報を聞き出すためにやったと思われる手法の後がみられたのだ。故に、情報を聞き出した後に殺したことは容易に想像がついた。その所業を嘗て『無音の殺し屋』と呼ばれた殺し屋であれば容易に行えるだろう。シャーロアは彼らの前で魔石を用いずして魔導を扱ったが、それによって期せずしてそれがばれることはなくなったのだ。目の前のノハともう一人――姿を見せない魔導師が口外しない限りは。

「ノハ」

 リアトリスに短く名前を呼ばれた、それだけで笑いがこみあげてくる。
 ――あの時と同じだ。


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