零の旋律 | ナノ

Z


+++
 目を覚ました時、既にその場には自分以外誰もいなかった。男たちは誰も殺さなかったから、意識を覚まして移動したのか、それとも残った仲間が連れて行ったのかは定かではない。それよりも重要なのはその場にカトレアがいないことだ。身体を起こそうとして全身に痛みが走る。銃弾で撃たれた箇所が痛い。だが、それでも身体を動かさないわけにはいかなかった。
 レインドフ邸まで急がなければ。自分で太刀打ちが出来なかった。守れなかった、悔しい。様々な感情が動けないシャーロアの身体を無理矢理動かした。
 レインドフ邸に駆け込んだシャーロアを最初に発見したのは幸か不幸かアークとヒースリアだった。シャーロアの状態に二人は何かがあったんだと一瞬で悟ると同時に、扉が開いた音が聞こえたリアトリスが姿を現した。

「どうしたんで――」
「ヒース!」

 リアトリスが状況を認識するよりも早く、アークが叫ぶ。言われるまでもないとヒースリアはリアトリスの背後に回り、アークはリアトリスの前に立つ。そしてそのまま二人は同時にリアトリスを一切遠慮せずに殴った。昏倒したリアトリスをアークが受けとめるのと同時にヒースリアへ目配せをすると、リアトリスを受け取ってヒースリアはそのまま別室へ向かった。

「シャーロア、大丈夫か?」

 そして今の出来ごとが何もなかったかのようにアークは怪我をしているシャーロアへ話しかける。すでにボロボロだったシャーロアは立っているのが限界で床に座り込んでしまう。

「ご、ごめん……私……」
「謝らなくていいから。何があった?」
「わからない。けどノハって人が……」

 それだけで事情を察したアークの顔が険しくなる。
 ――生きていたのか。
 
「とりあえず、リィハを呼ぶからシャーロアは休め。怪我が酷い」
「でも……」
「大丈夫だ」

 優しく頭を撫でる掌は兄のようで安らいだ。安心したからか、一気に気が遠くなる。
再び目を覚ました時、そこはベッドの上だった。

「お、目覚めたか?」
「リィハ……」

 身体を起こすと不思議とあれだけ酷かった痛みが嘘のように消えている。

「それにしても――」

 ハイリは治療を終えた安心感からか、視線は椅子に座って腕を組んでいるアークの方へ向く。

「お前、普通俺を呼ぶか?」

 言外に、お前の仕事の邪魔をしたのに、と言葉が含まれていた。

「リィハが、俺の知っている中で最高の治癒術師だ、呼ばないわけがないだろう?」

 あの時の出来事がないような素振りで話す――否、アークにとっては本当に些末な出来ごとでしかなかったのだろう、ハイリが一度敵に回ったことくらいは。

「……」

 だが、ハイリはアーク程気にせずにはいられない。そんな風な態度を貫ける自信など微塵も存在しないのだ。

「気にするな。大体、お前が俺を裏切ったところで何が出来るんだよ? 時間稼ぎにもならなかったくせに」
「……うるせぇ」
「リィハが、やりたいことをやった、それだけだ。まっならせいぜい今回の治療費はただにしてもらおうか、それでチャラだ」

 あっさりしすぎているアークに、ハイリは今まで自分が抱いていた蟠りがすんなりと消えて行った。最初から気にしない性質だと知っていたが、それでも面と向かうのが怖かった。
 それなのにハイリは、この大陸から離れることが出来なかった。アークから姿を眩ましておきながら、その実すぐに再開が出来る位置にしかいなかったなんて、なんて滑稽なのだろうとハイリは自嘲する。

「今回限りだぜ」

 ならばアークの望み通り、今回の治療費はただにするだけだ、とハイリは微笑む。


- 241 -


[*前] | [次#]

TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -